【21:15】

 

 ◇ Red

 

 

こんな事って。こんな・・

 

お酒が足りなくなったと、

家を出た私は、コンビニも通りこして

公園まで来ていた。

 

「彼」が、ここに・・。

 

走ったからなのか、

テヒョンを想ってなのか、

「彼」と過ごした時間を

思い出したからなのか、

 

私の心臓は落ち着かず、

息が苦しかった。

 

「彼」と出会ったのは、

私が22才の時。

初めてこの国に来た年だった。

 

暑い夏の日。

鮮やかな花火のような恋をした。


人生で初めての恋は、

永遠を感じて、

永遠を望んだ恋だった。


風が吹かない空で散った花火は、

いつまでも消えない

煙のような傷を残した。

            

 

   ●●●●

             

おじさんの店に通いはじめて

少し経った頃、覚えたての言葉で

一生懸命話していた時だった。

 

「(なんで、この国に来たんだ?)」

 

ふいにおじさんが聞いてきた。

どこでもよかったなんて言えなくて

しばらく考えた結果


“姉”の言葉を借りる事にした。             

 

「あ~、え、と(好きなアイドルがいるの)」

 

その時だった。

 

「まじかよ」

 


笑い声と共に、日本語が聞こえてきた。


振り向いた先には、日焼けした肌、

黒のTシャツにカーキのパンツを

履いた男性が座っていた。

笑い声は、明らかに

私の言葉を馬鹿にしていた。

もちろん、無視してもよかった。

でも、姉を馬鹿にされたようで。


気づけば、その人の側に

立っていた。

  

「何か」

  

「・・いや、いい理由だなぁと思って」

 

見下ろす私の方を見向きもしないで、

食べ終えたお皿に手を合わせる。

  

「ごちそうさまでした」

 

立ち上がった彼は、

はるかに私を超えて

今度は、私を見下ろした。

    

「邪魔」

 

!?



私とテーブルの隙間を縫って足を出す。

大きなカバンを片手に出入り口へ向かい

おばさんと流暢な韓国語で言葉を交わす。

そして、笑顔で店を後にした。


なんなの、あの人・・


その日の私は、眠ることができなかった。

 

課題に追われ、次にお店に行けたのは、

1週間後だった。


店のドアを開けると、

  

「よう」

 

聞こえた声に

すでに私は戦闘態勢に入っていた。


それに気づいたのか、

彼はまた、笑った。


・・・。


帰りたい気持ちと、

おじさんのご飯が食べたい気持ちが

ぶつかりあった結果、

1番奥のテーブル、

彼に背中を向けるように座った。


「いらっしゃい」


おばさんの優しい声と笑顔に

少しだけ気持ちが落ち着いたけど


   

「なぁ、怒ってるの?」


・・・。

   

「笑ってるとでも?」

 

また笑い声。

 

本当になんなの、この人・・

 

そう思った瞬間だった

    

「悪かったよ」

 

!!!っ


さっきまで後ろから聞こえた声が、

急に左側から聞こえたから。

     

「なっ、」

 

言葉も出せずに

見合ってしまった。


瞬きもしない彼の目に

自分が写ってるのがわかって



とりあえず



帰ろう。




立ち上がった瞬間、

おばさんがビビンバを持ってきた。


あまりのタイミングに

楽しそうに彼は笑って、

私は顔が赤くなっていくのがわかった。

 





私が食べるその横で水を飲む彼。


もぅ、なんなの


耐えきれなくなった私は口を開いた、

   

「なんなんですかっ」

   

「あっ、気にしないで、俺、食べたから」

   

「じゃあ、帰ればいいじゃないですか」

    

「それは、俺の自由でしょ」

 

出されたご飯は残さない

・・でも帰りたい。

 

 

「・・そんなに怒るなよ」

  

「べ、別に怒ってなんか・・」

 

・・・。


私、「怒ってる」の?



祖父が亡くなってから、

私は、感情が消えていく感覚しかなかった。

その私が、表面を取り繕う事もしないで、

無視する事もしないで、

相手がわかる程の「怒り」を。

  

「なぁ、本当に悪かったよ。あの日は、

色々あって、そのちょっと

八つ当たりというか・・」

 

目線を落としながら

次第に小さくなる声で

ブツブツ呟いている。

    

「八つ当たり・・ですか」

 

    

「あ~、ん~・・悪かったよ、ごめん」

 

さらに小さくなる声。

 

・・この人、正直なんだな。

 

ふと、上がってきた視線。


茶色がかった瞳は

優しく見えた。


あ、


その右目じりに

泣きぼくろがあるのを見つけた。



「笑ってくれたという事は、

許してもらえたんだな」

 

・・・。

 

無意識だった。


今度は、私、「笑った」の?

 

「岡崎 真(まこと)。26才です」

 

固まる私の右手を強引に引っ張り

握手をする。



大きな手だと思った。