8月13日(木)【10:30】

 

 ◇ Red

 

『気を付けて行ってきてね。』

『着いたら、連絡してね』

『スケジュール詳しく決まったら、

教えてね。』

『何かあったら、

何時でもいいから連絡してね』

『無理しないでね』

 

彼からのカトクに短い返事を送る。

 

文を考えていたら、次が送られてくる。

 

思わず、笑ってしまった。

 

最後に、送られてきた言葉と写真。

 

画面を指でなぞる。

 

ハートの指文字と

              

『ヌナ、愛してるよ』

 

微笑みながら言葉を打ち返す。

             

『私も愛してるよ。

じゃあ、行ってきます。』

 

少しの荷物と航空券を持って、

搭乗ゲートへ向かった。

 

 

 

 

~・~・~・~

              

 

「一花、一花っ。」

 

周囲の音にまぎれて聞こえた声を探す。

 

右側を向くと、

長身の彼の顔が見え隠れしていた。

 

懐かしい笑顔。

 

ホッとしたと同時に

喉の奥に違和感を感じた。

 

飲み込むように彼に手を振り返す。

             

 

 

 

 

「・・元気だったか。」

 

彼の言葉に笑顔で頷く。その様子に

少し驚いたような表情を見せたが、

              

「そうか、よかった。」

 

と笑い返した。

 

島崎 日向(ひなた)。

2歳上の従兄になる。

 

今、彼は小児科医として

忙しい日々を送っていた。

             

「日向は、元気だった?」

 

顔を見て言葉を交わすのは3年ぶりだ。

              

 「俺は、昔から丈夫だったからな。」

             

  「・・嘘ばっかり。 行事前は、

いつも熱でてたじゃん。」

              

 「・・あれは、知恵熱だから、

 病気じゃない。」

 

他愛もない会話に笑いあう。

              

 「腹、へらないか?

人気者の先生がおごりますよ。」

 

私は、笑いながら、

ラーメン横丁を指さした。

 

祖父の家で過ごした夏休みの話、

花火大会前日に熱が出て、

行けなくなった彼が大泣きした事。

セミを怖がって泣いていた彼を

私が追いかけまわしていた事。

スイカの取り合いになった事。

生まれたばかりの光の傍から

なかなか離れなかった事。

空にゲームで負けて、泣いた事。

              

「俺、ずっと泣いてばっかりだな。」

 

記憶に間違いがない分、

余計恥ずかしそうだった。

 

私は、つい声をあげて笑った。

 

そんな私を見て

      

 

 

「昔の一花に戻ったみたいだ。」

 

 

急に、声を落とした彼に

かける言葉を探した。

 

彼は、中学卒業後、

東京の高校に行く事を決めた。

叔母達から離れたかったのかもしれない。

 

でも、その事をすごく後悔していた。

 

私が家族を失った後、

傍にいてあげられなかった。

祖父母と暮らす私を

支えてあげられなかった。

 

祖父の葬儀の後、味方になれたのは

自分しかいなかったのにと

泣きながら謝ってくれた。

 

でも、私の「小説家」としての人生が

始まったのは、まぎれもなく

彼のおかげなのだ。

 

日向は、私の小説の1番目の読者だった。

 

読者というより、しまい忘れていた

原稿用紙をたまたま、

見つけられただけだったのだが・・。

 

からかう事なく、読み続ける彼。

 

最初は返してほしくて暴れていた私も、

真剣な顔で読み続ける彼の傍で、

いつしかじっと座っていた。

 

読み終えた日向は

陽が落ちかけた空を見て、

笑って言った。

 

「お前、すごいなぁ、時間、忘れた。」

 

 

 

 

目の前で下を向く彼の前で机を叩く。

             

「そうだよ。戻ったよ。

大丈夫だから。」

 

笑う私に、

そうか、と一言つぶやいて

              

「そうか。」

 

ともう1度、声を張って顔を上げた。

 

 

 

 

約束どおり、

ラーメンをごちそうになり、

彼の車で、お墓へと向かった。

 

 

 

 

ホテルまで送ると言った彼に、

久しぶりに電車に乗りたいと言って、

地下鉄の駅前で降ろしてもらう。             

             

 「また、明後日。」

 

助手席から降りた私に窓を開けて、

彼が言う。

 

私は、できるだけ笑顔で頷いた。

 

電車の窓に映る顔は、

あきらかに疲れていた。

 

今日は、歌、歌えそうにないかも。

 

まだ夕方だというのに、

すでに重くなってきた体を

どうにかホテルのベッドまで動かした。