【7:30】

                                    

  ◇ Red

 

マンションから歩いて10分。

 

都市部にありながら、

目を引いたその公園。

総面積40万㎡。

そのうち半分以上の面積を持つ池を中心に

造られた水景公園。

 

私は、祖父母の家の近くにあった公園を

思い出し、ここを中心に家を探した。

 

池の周囲をとりまく周遊道を歩き、

想いにふけるのが月曜日の日課だった。

 

歩き始めた時、

靴紐がほどけていた事に気づき、

しゃがみ込んだ私の横を

次々と人が通り過ぎて行く。

 

紐を持つ両手を見つめる。

 

この世に生まれて28年。

 

私の大切な宝物は、

いつも、この手をすり抜け

消えて行った。

 

 

 

 

 

いつも、私は

 

 

 

 

 

 

取り残された。

                            

    

 

  ●●●●

 

2009年、7月18日。

夜中に息苦しさで目が覚めた。

起き上がった私の目は

なかなか開ける事ができないまま。

息苦しさにむせこんだ。

目にしみるような感覚に

涙が流れる。

どうにか開けた目の前は、

真っ白い煙で覆われていた。

思わず袖口で鼻と口を覆う。

火事だとわかった。

慌てて、逃げ口を探す。

きっと、みんなもう逃げてる。

早く、逃げないと。

体を低くした。部屋の扉下から流れ込む煙。

必死で窓に手をかけた。外の空気を感じた。

私の背中に感じる熱さが強くなる。

炎がすぐ傍まできている事を教えていた。

助けて。

声にならない。

喉が締めつけられる。

パパ、ママ・・

薄れていく意識の中、

強い衝撃が背中を打った。

  

 

 

目が覚めると、聞こえて来たのは

一定の電子音。次の瞬間、

息ができない程の痛みが全身を襲った。

ここがどこなのか、

なぜ、こんなに体が痛いのか

全くわからなかった。

そんな私に白い服を着た人が言った。

『私だけが生き残った』と。

 

その後の記憶はない。

気づいた時は、白い四角い部屋にいた。

あの夜まで私はとても幸せだった。

大好きな両親と3つ下の弟。

そして9歳になったばかりの妹。

本当に大好きだった。

眠る事も食べる事も息をする事さえ

私には不要だった。

そんな事を続ければ、

どんどん家族と離れてしまう。

みんなが見えなくなる。

白いシーツ、白い壁、四角い窓。

外には花壇と大きな木々が見えたが

色を感じる事ができなかった。

四角い箱の中で拘束された両手。

左腕につながれた細い管。

管をたどれば心音を真似るかのように

一定のリズムで

透明な液体が落とされていた。

目覚めてからの私は、

幾度となくこの液体を拒んだ。

その度に白い服を着た大人達が

駆け寄ってきた。

泣き叫び、嫌がる私に何か言っているが、

言葉が聞き取れなかった。

痛みを感じるこの体が憎くてたまらなかった。

生きている事を実感したからだ。

これが、夢ではないと思い知らされる。

こんなに痛いのに死ぬ事はできない。

いつのまにか、手を自由に動かせないよう

拘束されるようになった。

 

どのくらいの時間がすぎたのだろう。

 

ある日、誰かが話しかけた。

ゆっくりと、

一言、一言大切そうにゆっくりと。

初めて、言葉が聞こえた。

落ち着いた声、

やさしく響く声の方を振り向く。

その人は、こう言った。

『はじめまして、

きょうから、あなたのたんとうになりました、

くらもと    みきです。よろしくね。』

ふんわりと笑うその顔は、ママに似ていた。

四角い箱に入って初めて

拒む時以外で涙が流れた。

その人は、やさしく手を握り、

ティッシュで涙を拭きながら、

『よろしくね、ささき いちかさん。』

と笑った。

 

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