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居酒屋なると

なるたけ毎日更新します❄仕事終わりにでもお立ち寄りください

居酒屋なると 三次は広島の県北なのでかなり降りましたショック!

みなさんいかがでしたか?

                 うちはテレビ こんなん出ただけです右

雨今もまた激しく降り出しました


今朝の恋人たちラブラブ

    時計am.8:00 温度計25.5℃
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「ひろしま―石内都・遺されたものたち」は昨年8月にNHKで放送された「Dear Hiroshima」を基礎にしています
しかし構成はまったく異なり、石内都さんの写真展を見ていないないわたしを
映画館の大画面で見ることは写真展を体験した気持ちにさせてくれました

わたしは40年前に広島県下で子供時代を過ごしました
その頃は平和教育が熱心で、いつか核兵器がこの世からなくなることは自明なことでした

小学校高学年の教室の後ろにはモノクロの原爆写真集が置いてあり
男の子にとってその写真集をしっかり目をあけて見ることは、ある種の肝試しでした

それがトラウマになり50年間、広島平和記念資料館に入ることができませんでした
その恐れを砕いたのが東日本大震災です 福島の原発事故でした

踏み入った資料館はお化け屋敷のようなものではなく…人間存在を危うくする恐ろしさを秘めていましたが
わたしを八月六日に引き寄せてくれました

薬の包み紙でこさえた禎子の千羽鶴は外ならぬわたしの千羽鶴でした    2011.7.30  2012.4.17
それが何であるかは人それぞれでしょう しかし資料館はそのように
立ち止まって語るべきものにあふれています

いつの日か彼らと語り合ってください  岩波ホール 
2001年9月11日の後にわたしは暗澹となりました
それはほとんど絶望的な気持ちでした 誰とも言葉が通じないかのようでした

2011年3月11日「東日本大震災」を体験したとき、わたしはこれから数え切れない11日を
意地になっても通過しなければならないと感じました
わたしは大震災にぶらさがって、ようやく生き延びたようでした

今年の8/18にNHK・BS1でドキュメンタリー「Dear Hiroshimaを見て」で
映像作家のリンダ・ポーグラントさんがこの気持ちを、はじめて完全に代弁して下さっているのを発見しました

     クラッカー 終に咲きました 朝顔  時計 am.8:30 晴れ 温度計 27℃
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                             やじるし31月1日から咲き続けた鉢おつかれさま


石内都の写真は彼女がみずからそう語るようにひらかなの「ひろしま」だ$居酒屋なると
「広島」でも「ヒロシマ」でもない 「Hiroshima」でもない

「ひろしま…遺されたものたち」の写真展にはキャプションがない
彼女は遺されたものたちを論理的に位置づけることなく
注ぎ込む光(時間)と共に作品の中にすくいとろうとする

営業妨害をするつもりはさらさらないけれど
残念ながら一枚一枚の等しいサイズに封じ込められた写真集では
石内の写真は物足りない
どうか写真展の時間の中でノイズとともに作品と語り合ってほしい

りんだの作品はその体験にぎりぎりまで迫りながら
もう1つの個性による作品として対照的とも言えるほど
まったく別の体験をわたしたちに提供してくれる

広島平和記念資料館でのわたしの個的な体験もそうだった$居酒屋なると

サダコの小さな千羽鶴たちは光の中で
時間の中に飛び立とうとしていた

そこで目の当たりにするのは過去ではない
過去→現在→未来という漢字の秩序の中で
整然と意味を与えられるものではなかった

ひらかなの「いま」だった

リンダ・ホ―クランドの「ひろしま―石内都・遺されたものたち 」はカナダのバンクーバーの

UBC(ブリティッシュ・コロンビア大学)人類学博物館 で開かれた写真展を追ったドキュメンタリーです


撮影のために、あえてカナダで写真展を企画したのはリンダ本人であると彼女は語る

会場へ到着した石内都に美術史家ジョン・オブライアンが語るのは

広島に落とされた原爆に使用したウランはカナダ産だということだった


それを実際に掘ったのはデネーというネイティブ・ピープルで

カナダには彼らファースト・ジェネレーション(第一世代)と呼ぶ素敵な言葉があることをわたしたちは知る

彼らは広島・長崎に公式に謝罪をしたが、アメリカもカナダも国家はまだ謝罪をしていない

写真展にはさまざまの民族・年齢の人がやってくる

父親がマンハッタン(原爆製造)計画に加わっていたと話すカナダの女性

スペインからきた女性はスペイン内戦の記憶から居酒屋なると

いまだスペイン国旗がすべての民のものになりえないことを教えてくれる

中国系の中年女性は櫛の写真を指して「これは母はの櫛だ」と語り

コリアンの若者は加害者としての日本の記憶を喚起してくれた


行き交うそうした人々を人類学博物館 の巨大なト―テムポールたちが

ユーモラスに見下ろしている 木製の彼らは部族の祖先を表象し

かならず朽ちて土に返ることを宿命づけられているという


日本で、あるいはアメリカ合衆国で写真展を行っても、この映像は撮れなかっただろう