「古事記―天と地のいのちの架け橋」をご紹介します
アシ二モフは日本で一貫してスタニラフスキーシステムによる演劇教育を実践してきました
勉強不足のわたしはスタニラフスキーの演劇術が
いまだにかちんと分かった気がしないのですが
毎月、東京・両国のシアターχで上演される
レパートリーシステムにはいつも感心させられ
その都度、進化するアシモフの演出には注目し続けています
明日からその待望の新作が初演されます
アシ二モフは日本で一貫してスタニラフスキーシステムによる
明日からその待望の新作が初演されます
unksの亀田佳明さんが出演する「三文オペラ」が
アル・カポネをヒトラーに重ねて描いた名作です
ブレヒトが作詞した歌を自分で歌っています ↓
え゛ーえっ まさか

時が時だけに、いま少し「憲法」を見届けていただきたかった 
東京・三宅坂の国立劇場 の文楽公演第2部は「近江源氏先陣館」
歌舞伎でおなじみの「盛綱陣屋」です…わたしの大好きな近松半二が立作者
源頼家と北条時政の内乱に翻弄され、敵味方となって戦う近江源氏…佐々木氏の物語
盛綱・高綱の兄弟の悲劇を描いた名作ですが、実は大阪の陣を暗示しています
すなわち 時政…徳川家康、 頼家…豊臣秀頼
兄・盛綱…真田信之、弟・高綱…真田幸村 を暗にさしていると言われます
「盛綱陣屋」のクライマックスは「首実検」…「首実検」ものはいろいろありますが
この作品が出色であるのは時政みずからが首実検を命じにやってくることです
大将・北条時政(徳川家康)が直々に佐々木高綱(真田幸村)の首を持って現れ
兄の盛綱に本物の首かどうか確かめろと命じるのです…だからより高い仕掛けを必要とします
首桶から首が現れるや、それを見た高綱の一子、捕えられていた小四郎が「父様悔しかろう」と叫んで自害
続く場面には歌舞伎には片岡仁左衛門の型があります
すなわち血の穢れを拭ったあとで首をみて、「これは弟ではない」と一瞬ほっとする表情を見せる
文楽でも一瞬まなじりは動くのです…その意味は読み取れませんが
仁左衛門型では虫の息の小四郎に目を向け、「どうして…」という表情を経て「弟が首に相違なく」と報告する
こうした心の動きをていねいに描写する演劇的な型を、わたしは当前のことと考えていました
ところが文楽では違ったのです…まなじりが一瞬動いただけでその時政に報告する
その型があまりにしっくりきたものでわたしはもう一日、「盛綱陣屋」を見ることにしました
人物中、最も格の高い時政(家康)の主遣いを努める吉田玉輝よしだたまきは悠然と無駄な動きを一切廃し
登場のはじめから平将門の偽首の話をする
むしろ偽首に違いない、「盛綱は弟と内通しているのではないか」
首実験というより盛綱実験の気概を持って
鎧櫃にスパイを忍ばせて乗り込んでくるのです
そこへ突然の小四郎の自害
時政はだまされて、百笑いを見せて帰っていくのです
考えれば兄でさえ、首を抜くわなければ弟かどうか判別できぬのに
小四郎は首が現れた瞬間に自害し時政がたじろいだ瞬間に
疑う暇も与えず「弟だ」と断定する
そうだこれが文楽の呼吸だと胸のつかえがすっと降りました
ただそうすると一つだけ問題が残る…鎧櫃のスパイです
そこで敵方の和田兵衛(後藤又兵衛)が現れ、短筒でこのスパイを殺してしまうのです
浄瑠璃ものは不自然なところは多分にありますが、通しで見るとパズルのピースを余さず
きっちりはめてくれるのです …久々に興奮しました ![]()
「日高川入相花王」も近松半二と竹田小出雲の合作
清姫は幼い頃から年に一度、自分の屋敷に逗留する道成寺の僧侶たちの中でも
ひときわイケメンの安珍といずれ夫婦になると、周りから冗談半分に言われてきました
ところが安珍に拒絶され追ってゆく
日高川の渡し守は安珍に金をもらい渡してくれない
恨みを込めて川面を見るうちに
蛇体となる自分に気づき、はっともどる
こうした行きつ戻りつを文楽人形では
「角だしガブ」で表見しています
川の流れは時間であり鏡なのです
鏡の向こうとこちらが重なり合わないように、見る自分と見られる自分が重なることも決してない
こうした震えるように繊細な思春期の揺れは、歌舞伎の変化ものでは表現できないでしょう
そして道成寺の鐘の中に隠れた安珍を、蛇体となった清姫は鐘めて焼き殺すのです
楽屋を訪問させていただき、テンションが上がりまくりです
文秦
さん
第一部「双蝶々曲輪日記ふたつちょうちょうくるわにっき」は
歌舞伎で何度も見ていましたが、文楽で見るのは初めてです
この浄瑠璃は三大名作と同じく、竹田出雲、松井松落、並木千柳の合作とされています
長五郎ちょうごろう、長吉ちょうきち、2人の相撲取りの話を、「双蝶々ふたつちょうちょう」と洒落ています
切り場の「引窓」は歌舞伎で、もっともよくかかる演目の一つです
この世話場でポイントとなるのは江戸時代の家屋の天井にあった明り取りの「引窓」です
満月の夜のことで、月上りが効果的に使われています![]()
わたしは最後部に近い席で見たのですが、これが意外に大正解でした
黒装束の「左遣い」と「足遣い」が影のように見えるのです
左遣いがロウソクの影、そして引窓からの月明かりの影が足遣い
吉田蓑助さんの主遣いが壁に向って、人形を斜に抱える姿はなんとも美しい
翌朝、壁をどんどん上って消え、それぎり
で今年はもう帰らないのかと思っていました
晴れ間をついてもどってきました …カマちゃんかっこいい
しかしいつもとちょい違う
は見るからにまだ若々しい …別人でしょうか
ヴァレリーは「マネの勝利」と題する文章の中で、こう述べています


右はブルトンという画家の「落穂拾いの女たちの招集」 