腸内細菌がカギ、「栄養と病気」の分野に劇的な変化が起きている

炎症を抑え、心血管疾患やがんなどの病気のリスクを減らす健康的な食事。それらに含まれる重要な成分の効果を示す証拠が、過去数十年で数多く積み上げられてきた。そして今、科学者らが特に力を入れて取り組んでいるのが、腸内にすむ細菌などの微生物のコミュニティー、「微生物叢(そう)」(マイクロバイオーム)の研究だ。

 

腸内の微生物叢は、食品やその成分が炎症反応を引き起こしたり抑えたりするのに関わっており、最終的には病気の進行やがん治療への反応にも影響を与える。研究者らは、腸に焦点を当てることにより、食事を薬のように利用して慢性疾患の予防と治療に役立てようと、新たな知見を生み出している。  米MDアンダーソンがんセンターの腫瘍外科医でがん研究者のジェニファー・ウォーゴ氏は、食品ごとに含まれる食物繊維の量がまとめられた表を冷蔵庫の扉に貼り、3人の子どもたちが合計50グラムの食物繊維を取れるようにしている。また、クリスマスプレゼントとして周りの人にもよく配っているのだという。「本格的な研究が始まるまでは、私もこうしたことにさほど注意を払っていたわけではありません」と氏は言う。「しかしその後、これはとてつもなく重要なことだと驚かされたのです

 

健康的な食事とは

 健康に役立つ基本的な助言として、栄養のあるものを食べなさいと何千年も前から言われてきた。この助言は、特定の食事パターンが健康に長生きすることと関係しているという長年の観察に基づいている。

 現代では、健康的な食生活を目指すうえで、炎症というテーマが注目されている。さまざまな食品や食事法が、病気の発症率を下げたり血中を流れる炎症物質を減らしたりするのに関連していることを示す証拠が、多くの研究によって積み重なっている。

 そうした研究の多くが、地中海式の食事に焦点を当てている。果物、野菜、魚、全粒穀物を豊富に取り、飽和脂肪酸を減らしてオリーブオイルをよく使い、適度な乳製品を含むというスタイルだ。

 数十年にわたる研究により、地中海式の食事は、心血管疾患や2型糖尿病のほか、メンタルヘルスを含むさまざまな病気のリスク低下に関係していることが示されている。地中海式の食事はうつ病のリスクを33%減少させる可能性があることを示す研究結果があると、オーストラリア、ディーキン大学フード&ムードセンターの栄養精神医学の専門家ウォルフガング・マークス氏は言う。

 地中海式を応用した食事法には、より細かい部分に特化した利点があることも、研究によって示されている。たとえば「DASHダイエット」(高血圧を予防するための食事法)は、地中海式に比べるとアルコールや塩分を減らすよう勧める点などに違いがあり、血圧を下げる助けとなる可能性がある。

「MINDダイエット」(神経変性を遅らせるための地中海式・DASH食事法)は、DASHダイエットと似ているが、オメガ3脂肪酸やビタミンDといった脳の健康に役立つ栄養素に重点を置いた食事法であり、ベリー類や葉物野菜といった植物性食品を豊富に取るよう勧めている。2023年5月に発表された研究では、複数の研究を分析することで、最も厳密にこの食事法に従った人たちは、最も従わなかった人たちと比べて認知症のリスクが17%低かったことを示した。ただし、この関連性に疑問を投げかける最近の臨床試験の結果もある。

 こうした利益が本当はどの程度のものであるかについては、まだ断言はできない。食生活の研究は複雑であるうえ、健康的な食生活を送っている人は、その他の健康的な行動を取っていることが少なくないからだ。

 しかし、地中海式の食事をしている人たちは血中の炎症物質が比較的少ないということは、多くの研究からわかっている。研究室内での実験や、動物や人間を対象とした研究でも、ウコン(ターメリック)、脂分の多い魚、リンゴ、アボカド、ニンジン、葉物野菜といった特定の食品が、抗炎症作用をもつことが確認されている。

 全体的に、効果が過剰に宣伝されている特定のスーパーフードやスパイスを1つ取るよりも、2つ以上の食品や栄養素による相互作用の方が、健康に対して大きな影響力を発揮する可能性が高いと、米オハイオ州立大学医学部総合がんセンターのがん研究者フレッド・タブング氏は言う。

 タブング氏らは2023年の分析で、食品の健康への効果を測る指標(バイオマーカー)として体内の炎症物質を利用し、食事に含まれる食品や飲料の組み合わせの違いがそれらの物質に反映されることを発見した。この結果はたとえば、トマトサラダを脂肪源となるアボカドや少量のチーズなどと一緒に食べると、トマトだけを食べた場合よりも、慢性的な全身性の炎症を抑える効果が高くなる可能性を示しているとタブング氏は言う。

 調理法も重要だ。免疫系に対して、ベイクドポテトはフライドポテトとは異なる影響を与える。タブング氏は現在、食事計画の指針となるツールの開発を検討している。「同じ栄養素でも、それが含まれている食品との相互作用によって、同じ炎症物質に与える影響が違ってきます。そうした炎症物質は、慢性疾患を引き起こす因子なのです」と氏は言う。「栄養素そのものよりも、その栄養素を何から取るかの方が重要です」

 一方、高度に加工された食品、赤肉(ウシ・ブタ・ヒツジなどの肉)、飽和脂肪酸の多い食事は、炎症を促進し、病気の発症を加速する可能性がある。

 マークス氏らが世界の400万人超のデータが含まれるレビュー論文15件を調べ、2021年に発表した研究では、超加工食品を多く食べていた人たちは、心臓発作、がん、うつ病、早死にのリスクが高いことが示された。超加工食品は、保存料、人工着色料、食感を加えたり味を良くしたりするための化合物など、家庭の台所ではまず使われることのない成分を5種類以上含む、保存がきいて便利な食品のことだ。

 

パラダイムシフト