ウクライナが無条件降伏するとき | モモナゲットの和風寄せ鍋エッセイ

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当初は東洋医学を主体に各種健康情報を紹介していく予定でしたが、
いつの間にかエッセイや歴史情報なども織り交ぜて書いております。
当面「いいね」にも対応して柔軟に題材を絞っていきますのでどうか
よろしくご笑覧のほどお願い申し上げます。

平和憲法で日本の平和はどう守られてきたのか?

憲法でいう戦争放棄とは、即自衛権の放棄には繋がらないらしい。

実際に自衛隊があるわけだから、現状ではそう解釈せざるを得ないだろう。

戦争放棄とは、「戦争をしない」という国家的意思表示とともに「こちらから戦争を仕掛けない」という2つの意味が含まれるはずである。

ここが重要である。

われわれは他国の憲法の条文にはまったく関心がないのだが、本来日本国憲法は国家としての自衛権をも放棄しようという指向性を内在しているともいえよう。

「9条で日本を守れるの?」ロシア侵攻で懸念噴出、共産は危機感
2022/2/25
https://www.sankei.com/article/20220225-VBJ5AZA6UFPLVALR6WQEO7F2UU/

志位委員長「他国へ侵略できないようにするのが9条」…「外国攻めてきたらどうするの」と批判
2022/02/25
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20220225-OYT1T50235/

現実には平和憲法は自国の防衛目的では機能せず、自国の暴走を阻止する機能目的だけしかないと云うことが明確に指摘されてきているわけだから、平和憲法があるからと云ってたとえ他国から攻められたとしても何の防御にもならないということは明白であろう。

頭のいい政治家はそこらを的確に理解しているのであるが、国民の間でもそう解釈したいとする向きも少なくないわけで、ここらの憲法論議は実に面白い。

それに比べれば頭の固い憲法学者の机上の議論などは、国民目線で見ていてもどうにもとろくさいのである。

憲法は自国の行動原理であると同時に、国家的都合そのものをもある意味どこまでも表明している。

だから国民総意の下に制定されたとされたとする憲法の機能目的の範囲には、当然表面には出てこない「国家そのものの都合」によって限定される部分があるはずである。

ここに云うところの「国家そのものの都合」とは一体何だろうか?

本来憲法の機能目的の範囲で戦争放棄しようと、憲法をもとにあれこれ議論しようともその国の勝手である。

当然そこで「国家的都合」で設定できる憲法上の「平和」自体も限定されることであろう。

なぜなら対外的な戦争にはかならず対戦相手国が存在するわけだから、一方的な手前勝手な平和論だけがそこに成り立つはずがない。

今回のロシアのウクライナへの武力侵攻がそのいい例である。

もとより他国の「国家的都合」である戦闘行為そのものを制限したり防御する力などは「日本国憲法」には備わってはいないし、「日本国憲法」があるから戦争に巻き込まれないということでもあるまい。

そう考えると、平和を守るということではここにもう一つの外すことのできない絶対的ファクターが働いていることに気が付く。

当然のことであるが「戦争をしない」「こちらから戦争を仕掛けない」という国家的理念と同時に、自国の平和維持というものには「他国から戦争を仕掛けられない態勢」という、いわゆる防衛という戦争抑止力にも対処する必要があることになる。

ここから専守防衛という日本独自の考え方が出てくる。

他国からの侵略行為そのものは、その国の「国家的都合」に他ならないし、そこには何らかの戦略的目的と明確な敵意とがあるはずである。

他国から戦争を仕掛けられる」という他国の「国家的都合」に対しては、いかに平和憲法の権現であるところの日本国憲法といえども、他国の戦略的目的遂行に関してはまったく制御はできないということは明白である。

それが出来るというのであれば、尖閣諸島の日本の巡視船やホルムズ海峡通航のタンカーの舳先に日本国憲法をこれ見よがしにぶら下げておけば良いのである。

しかし実際に軍隊としての法規、いわゆる独自の軍法会議が整備されていない以上、日本の自衛隊にはまともな戦闘は出来ないはずである。

現状でもし日本が他国から戦争を仕掛けられたとしても、もっぱら撃たれっぱなしでいるしかないわけである。

突き詰めれば、現行平和憲法ならそれすらもどこかで容認しているのであろう。

そう考えると平和憲法が平和憲法としての機能目的を国際的な場で十分に発揮しているとは思えなくなる。

国外に軍隊を派遣しないとかいう問題の前に、この平和憲法はどうみても機能不全を起こしている。

極東アジア地域をみても、近隣諸国はどれほどこの日本の平和憲法を国際的に評価しているというのであろうか?

評価どころか、戦後半世紀以上経過しても平和憲法など眼中にはないほどに反日のままで推移してきているのではあるまいか。

外から見れば自衛隊はどこまでも再軍備であり、戦力増強の結果でしかない。

そうであれば、もっとも肝心なところで平和憲法そのものは評価の対象ともならず、残念なことにその崇高な理念そのものはほとんど空回りの機能不全状態にあるといっても過言ではあるまい。

平和憲法があったにしても他国の「国家的都合」からみれば、崇高な理念なんざ何の評価の対象とはならないと云うことになる。

結局のところ平和という理想の花は、日本国内の日本人の頭の中のお花畑でしか咲かないということである。

となると自称平和憲法だけで日本の平和が守られるとするのは、ある種の思い込みにも似た一方的な信仰心にもみえてくる。

平和憲法さえあれば、日本には核ミサイルの類は飛来しないし、平和憲法さえあれば防空核シェルターさえも必要ではないのではないかと錯覚してしまうというわけである。

もちろん平和憲法さえあれば、国民に徴兵制度が強いられる展開は回避されるだろうし、少なくとも平和憲法そのものはこれまで絶対の信頼感と安寧とを日本社会全体にもたらしてきたということはいえよう。

しかしこれは世界に類を見ない勝手な思い込みであるようにも思える。

勝手な思い込みとは、そう錯覚していると云うことである。

しかも戦後日本人は米国によってそのように教育されてきたのである。

この種の大がかりな思い込みに関して言えば、実は遙か二千年前の古代人の間にも同様の事例があったという事実はあまり知られてはいない。

それこそ人々の社会生活に深く根を下ろしていた思い込みそのものである。

戦時中も千人針を兵士が身に付けていれば、敵弾に当たらないというのに似ていよう。

それこそかっての古代中国では、他国からの侵略による「兵害を免れる」手法として、五月五日に五色の糸を肘に結ぶと「兵の鬼気(ものの気)を避ける」という道教的呪術がひろく浸透していた。

嘘のような話しであるが、そのように当時はそうした呪術が人々にひろく信じられていたのである。

古代では、攻め込んでくる敵兵の体には人を容赦なく殺傷する恐ろしい鬼気(物の怪)が憑いていると考えられていた。

しかしそのようなときに身を守る防御の呪術さえ施しておれば、敵兵に殺されることはないと信じられていた。

その兵禍を避ける方法というのは、「五月五日に五色の糸を肘に結ぶ」として、事前に決まった時に決まったことを呪術として手順通りにやっておくことが必要であるとされていた。

その神事の期日というのが、毎年五月五日であったのだ。

古代人はこの日に平和を祈念していたのであるが、ちょうど現代日本であれば憲法記念日の祝日行事のようなものである。

平和よ永遠にというわけである。

ここで問題なのは当時のこの呪術の機能目的である。

そんな馬鹿なというようなことが、当時の人々には当たり前に信じられていた。

奇しくもこれが古代に通用した普遍的な呪術であり、民衆に浸透していた古代の兵禍を避ける方術の基本的セオリーでもあった。

これが古代の原始的な「呪能」信仰といわれるものである。

そうなると「呪能」信仰自体は、現代社会にも形を変えて残されてきているということが云えよう。

どうであれそうした「呪能」信仰は、現代日本の日常の生活の中に当たり前のように溶け込んでいる。

いまの日本人が考えているように、平和憲法だけで日本の平和が守られるとするのは、まさしくこれが実質現代版「呪能」信仰といえるものなのかも知れない。

日米安保もいつまで継続し得るのかわからないし、不安定要因は常に存在する。

そうなると現代の日本人とて、かっての古代人が信仰した呪能を一概に荒唐無稽だと笑うことは出来ないのである。


シビリアンコントロールと専守防衛

Hero House Cat Saves Boy From Dog Attack - Today Show - May 15 2014   





動画「My Cat Saved My Son」の場合は飼い猫であるから、これはさしずめ有事の自衛隊出動というところであろうが、だがこれには直前にシビリアンコントロールが効いていたようにはまったく思えない。

第一、自衛隊にはこうした攻撃に対して俊敏な対抗処置は取れないのであるから、たとえ話であるとしても犬の突然の攻撃に即猫の自衛隊が出動したなどとはここで表現するのには所詮無理があることになる。

犬の攻撃に対して、猫はその最初の一撃(足に一噛み)に素早く反応し即出動している。

いわゆる早期警戒システムが実質働いたわけで、間髪入れない迅速な反撃行動に出ているのである。

どうみても猫の反撃の素早さが最大の抑止力となっていて、それによって犬の方は瞬時に撤退している。

猫からみれば自分が攻撃されたわけではなく、飼い主の(無抵抗な)子供が犬に一方的に攻撃されたのであるからある意味集団的自衛権を行使したのだとも云える状況である。

飼い主側と猫との間にはそれなりの信頼(同盟)関係があったことは確かであろうが、シビリアンコントロールどころか明確な相互扶助、集団的自衛権に関しての事前契約がされていたのかどうかはここでは分からない。

毎日餌という報酬(あるいは駐留費負担)を得ていたということであれば、猫はある種の傭兵かボディガード的存在であった可能性はある。

日本の平和憲法の下では、自衛隊といえども戦争(戦闘)行為は憲法違反であるから、ここでは反撃さえも出来まい。

早い話演習ではない戦闘行為は即憲法違反、違憲行為である。

法的拡大解釈の領域のことは関知するところではない。

法的には一発でも発射すれば国内法である銃刀法違反、器物破損あるいは殺人罪で自衛隊員は捕まってしまう。

ここは戦闘行為ではなく、あくまでも「威嚇射撃」であるとしても現実には違憲なのである。

日本では威嚇でさえも武力を使えば平和憲法条文に抵触する。



自衛権の放棄はどうよ?

「個別的自衛権だって必要ない。万が一他国が攻めてきたら国民は無抵抗で降伏し、すぐに首相や政治家が和平交渉に出るんです」

tKavxVy

(引用元)反旗 掲げ続けよう
中日新聞朝刊10/29
インタビュー
井筒和幸

http://livedoor.blogimg.jp/honmo_takeshi/imgs/8/7/87565dc3.jpg


↑これは平和憲法の条文冒頭に、他国との交戦状態に遭遇した場合直前に自衛権を瞬時に放棄し即無条件降伏を一方的に宣言することを条文に入れるということであろうか?

他国の一方的戦争行為には無条件降伏で対応し、ただちに侵略占領行為を容認するということであろう。

まず戦争放棄であるから、この流れは想定内ということになる。

後は首相や政治家が和平交渉に出て、国内の言論統制の下他国の言いなりの傀儡政権に順次移行するという外交手順であろうか。

平和憲法条文に則したところの解釈ではある。

さらに言えば、先般より「日本に核の雨を浴びせる」と北朝鮮に脅されている情勢を深刻に考えて、ここは国の安全を考えて本来であれば日本政府は早期に降伏の意思を表明しておくべきなのかもしれないではないか?

それも核ミサイルを撃ち込まれた後では遅過ぎるであろう。

しかし現実にはそうならないようである。


アニメで観る無抵抗主義の村-日本

https://www.nicovideo.jp/watch/sm26636331






「無抵抗主義の村-日本」の無抵抗主義ということはきわめて悠長な話であって、無抵抗そのものが武器になる、あるいは平和への最善の方策などという手前勝手な主張そのものが、端から安直に侵略側に受け入れられる余地があるとは到底思えない。

単なる手前勝手な思い込みであるが、これをよしとする政党もあることは確かである。

唯一ここで言えることは、結局のところ無抵抗という成り行きそのものは相手の武力に屈して自らの手で奴隷売買の契約書(条約)にしたり顔で署名したも同然ということであろう。

いわゆる白紙委任状に署名捺印する体裁である。

何のこともない、そこで軍事行動を回避したつもりでも侵略軍とその傀儡政権に強制的に徴兵されてしまえば元の木阿弥である。

軍事基地を無くしたつもりが、あらたに云われるがままに侵略軍の軍事基地化に加担するのである。

かっての元寇襲来にさえ、降伏した朝鮮半島軍が組み込まれていたではないか。

侵略者に白紙委任状を渡しておきながら、後から予想外の展開に地団太踏んでも遅かろうて。

無抵抗主義とは最初からそのように、国民そのものが人間としての権利も尊厳も放棄することを自ら宣言しているのに他ならない。

危険この上ないことである。

侵略に対してあえて武力による抵抗はしない。たとえ食料や財産を奪われてもいい、とにかく大事な我が命さえ助かればいいということである。

それこそ「失われてよい命は一人とてありません!」と聲高に叫ばねばならないところであろう。

さらには、流血の事態を防ぐために、国民の命を守るためにあえて戦わないのだという意見も出てくる。

そのためには憲法第九条の変更を認めないし、憲法における自衛隊の存在を明文化したり緊急事態条項などは端からいらないということになる。

ウクライナの徹底抗戦などは、そうした立場の日本人からみれば到底理解できないところではあろう。

ここらは一見尊い人命至上主義の体を成しているかにみえて、その裏に見え隠れする姑息さは否めない。

まずもって侵略側の都合の下で自国民の命や人権の保障がとれるかどうかの確証とてないわけで、今後どうにか生き残って少数民族・日本村として存続できるのかさえも不明確な事態には違いあるまい。

橋下徹や玉川徹には理解不能…ウクライナ人が無条件降伏は絶対しない理由 3/12 https://news.yahoo.co.jp/articles/713fe941580fd2622dc2a7a82fb43a59f57002d8?page=1

ここらは歴史を振り返れば明白である。
ウクライナ人をサハリンなどへ強制移住 ロシア軍
2022/3/25
https://news.yahoo.co.jp/articles/8fd1926999e31e05bee762eeacb373a722d65fbe

無抵抗主義の下では極端な話し、常に国家は非情であって国民はかってのシベリア抑留者同様、国そのものに見捨てられ僻地開発の労働力として集団移送される奴隷化条項もそこには加味されるわけで、将来そこから開放され生きて故国に還られる自由があるのかどうかは分からない。

敗戦後、かって70万人ものシベリア抑留者の内、過酷な環境での強制労働でその1割、7万もの若い日本人が尊い命を落とした。

非常時では、自国民といえども自国にさえ見捨てられるである。それが無条件降伏した下での非情な棄民、棄兵策なのである。

シベリア抑留も外交的に、自国の武装解除させた兵員を戦勝国の奴隷要員として扱われることを当時の日本がすすんで容認したのである。

その結果がシベリア抑留という終戦時の悲劇であった。


日本はなにはどうあれ平和憲法で戦争を放棄している。

そう宣言している以上、そこから生じるであろう外交上の利点や対外的な不安要因は国民すべてが享受していかなくてはならない。

憲法論議で欠落している論点というのは、国が戦争を放棄するということは外交の最終手段としての武力による戦争をしてまで国民の生命と財産とは守らない、守り得ないという厳然たる事実が隠されていることである。

いうなれば、ここでは憲法上では相対的な棄民さえもが成されるということに他ならない。

それこそ実際問題として平和ボケしたいまの日本人が考え及ばないところであって、現実としてどうにも否めようがないであろうし、ここが「国家的都合」というものである。

だからこそ他国から国民がいくら拉致されようと、あるいは自国の領土が侵犯され占有されようと日本という国自体は憲法で国家機能を制限されているという理由で非戦争体制でいつまでも傍観していられるのである。

日本の云う外交的努力とは、こうした傍観体制の堅持そのもののことである。

それが日本国憲法の理念とするところの、いわゆる平和維持ということである。

しかしながら、同時にこれはある意味日本人全体にとっては非常に居心地がいいものではあろう。

日本には正規の軍隊組織も軍人もいないし、若者の徴兵制度もないのであるから、たとえどこかで少数の犠牲があったとしても、とにかく日本全体が平和で自由な生活が保たれれば事足りるというわけである。





トランプ大統領は日米安保のリスクに言及!
トランプ大統領「米国が攻撃されても日本はソニーのテレビで見るだけ」
2019/6/27

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190627-00000010-cnippou-kr






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