私は30代前半(独女・会社員)の時に低髄液圧症候群を発症し、
仕事を退職して、約2年半程療養生活を送りました。(その間に2回ブラッドパッチ)
2回目のブラッドパッチから1年が経過する頃に、社会復帰を考えるようになりました。(この時、30半ば)
職業訓練校
いきなり働くことに自信が持てなかったので、ハローワーク窓口の職業訓練校に3カ月ほど通いました。
ビジネス系(ワード・エクセル・ビジネスマナー)の講座です。
9時~16時(昼休憩1H)の講座で、本当にデスクワークが出来るのか、長時間椅子に座っていることが大変だった自分としてはチャレンジでもありました。昼休みには横になれる環境があったので横になって休んだりしていました。
結果、無事体調を崩すことなく卒業できました。
また、忘れてしまっているパソコンスキルやビジネスマナーについて復習することができて有意義でした。
※生食点滴に通っていたのはこの頃までです。
社会復帰は、まず短時間からと考えて派遣会社へ登録しました。
派遣①
単発(2ヵ月)・・・総務事務
月~金 9:00~16:00
繁忙期の増員として2カ月のお仕事でした。
疲れやすいものの家ではゆっくり休んで体調崩さずできました。
復帰1年目は仕事終わったらすぐに帰宅して休むような生活で、夜ご飯へ行ったのは1.2度程度でした。
派遣②
長期(3ヵ月更新)・・・アシスタント事務
月~金 9:00~17:00
正社員の方からの頼まれ仕事をするアシスタント事務
体調崩さず問題なし、3ヵ月更新でトータル1年半働きました。
復帰2年目以降は夜も予定を立てられるようになってきました。
体調も安定して働くことができたので正社員のお仕事を探し始めました。
私はハローワークではなく、いくつか転職エージェントに登録をしました。
担当さんは親身になってくださる方、事務的な方様々でした。
親身になってくださる方だと職務経歴書を上手く添削修正してくださったり、各企業について詳しく説明してくださいました。
正社員
月~金 9:00~18:00(残業で22.23時まで会社にいること多々ありました)
入社したらびっくりするほどのブラック企業でした。
もし元気な時の自分だったら数日で辞めていたと思います。
正社員で働くことを目標にしていたこと、
目標としていた収入がほしかったこと、
ブランクあり&前職派遣の自分が、この会社を辞めたら正社員の仕事はなかなか無いだろうと考え辞められませんでした。
ポジティブにみて良かった点もあります。
あまりにも必死で病気に目がいかなかったこと。
疲れすぎて眠れないことがなくなり安眠剤を卒業できたこと。
幸い身体は大丈夫で、残業にも耐えらえて、働く自分に少し自信持てるようになりました。
ただ自分のライフバランスに合う仕事ではないので、これからの働き方についていろいろ考えています。
※病気のことを言うか問題
面接の時、私は病名を言いませんでしたが、怪我をして療養していました、みたいに伝えました。
その上で、今は日常生活に支障はないですがあまり重いものを持つような作業は避けたくそのような業務がありますか、と確認をしたりしました。
履歴書、職務経歴書は作成段階からブランクの説明を考えるのがとても気が重くて捗りませんでした、正社員になりたいけれど、なかなか思い切りよく踏み出すことが出来ませんでした。
ちなみに、派遣の仕事に関しては、さほど突っ込まれることはありませんでした。
正社員面接では深堀されることもありました。(上手く答えられなかったせいかわかりませんが、落ちました。。こちらが曖昧な言い方をすると深堀されやすいので、答え方を考えておくのが大切です。)
限られた時間の中で、病気のことを説明するのは難しく、その印象だけになってしまうのではという懸念もあります。
相手にとって必要であろう情報に絞りお伝えしました。
あくまで一番大事なのは志望動機、仕事に対する意欲なのでそちらの印象を残せるよう努めました。
ちなみに今も仕事関係の人には病気のこと話していません。
プライベートでは話したいと思った人には話しています。
※社会復帰を振り返って
社会復帰をしてしばらくは過去を振り返れなくて(ある程度軌道に乗るまでは振り返るのは良くないとも思っていた)、
少し落ち着いたのは(過去を振り返れたのは)、復帰から3年経過した頃でした。
※コロナ化の初めの緊急事態宣言で少し在宅勤務になった時期。
自分の”軸”みたいなのができてくるまでは、更にもう少し時間がかかって、それは5年目ぐらいでした。
療養していた期間の倍ぐらいの時間がかかってしまいました。
社会復帰は療養前の働いていた頃の自分の時点に戻ってスタートできる訳じゃなくて、
自分の身体が変わり、歳を重ね、時代は変化し、働く場所も変わる。
ゼロからのスタート。
心境としては社会人1年目に戻ってやり直すような状態でした。
軸が無い状態からのスタートで何をするにしてもスムーズに“選択”できなくて迷って時間ばかり過ぎたり、失敗の連続でした。
でも何かを選択して、その結果の反省を踏まえ、次の選択をする。
その積み重ねで新たな軸が出来てきたと感じます。
※病院
社会復帰してからは低髄関係で病院へかかっていません。
ただ昨年専門病院ではないですが頭痛があった為、頭部MRIを取りに行きました。(異常なしでした)