妻と夫の「ズレ」をどう埋める?


相手の言動にイライラする。それが嫌だから、関わらない。最初は小さかったはずのズレが

徐々に大きく……。 気がつけば冷えきった関係に……。 夫婦の間にどうしてズレは

生まれるのでしょうか? その答えは、生命だけでなく、感情をもつかさどる「脳」にありました。


更年期には、体だけでなく脳にも大きな変化が訪れます。

更年期の夫婦に起こりやすいズレの予防と対策について検証します。


■男は「目的達成」がすべて、女は「共感」を求めている
「男女の脳を体格の差などを考慮したうえで比べると、男性は扁桃体が、女性は前頭葉や

側頭葉が、大きいことが分かっています」


そう解説するのは、諏訪東京理科大学教授で脳神経科学を研究する篠原菊紀さん。

扁桃体は、生物学的な一次判断や価値判断をする、簡単にいえば「進むか進まないか」

「好きか嫌いか」といったことを決める働きをする部位です。 男性のほうが扁桃体が大きいので

「こうしよう」と一度目的を決めると、そこに向かって真っしぐら。


柔軟性に欠けるところがあるそう。 さらに「論理的に説明し、結論づける」といった具合に、

物事を構造的にとらえようとする傾向があるといいます。


一方、前頭葉や側頭葉は、知的活動に直結する部位。この部分が発達している女性の脳は、

記憶のデータベースを組み合わせて、臨機応変に物事を考えたり対応したりするのが得意です。


また、相手の表情や気持ちを読みながらいろいろな情報を駆使し、まわりの人から共感を得る

能力が高いことも、女性的な脳の特徴です。 「つまり、男性的な脳は『目的思考』が、

女性的な脳は『共感思考』が強いといえます」(篠原さん)


例えば、妻が子どもの学校に呼び出されたとします。帰宅した夫に妻が相談すると、「担任と

話をして、それでも解決できなければ教頭や校長に話せばいい」。 夫としては具体的な解決策を

提案したつもりでも、妻は「あなたは、私が昼間どんなに大変だったかまるで分かっていない!」と

不満が残る。


目的達成を重視する夫と、共感してほしい妻。

脳の違いを考えれば、こうしたズレは必然といえるのです。


この「男性の目的思考」「女性の共感思考」は、年齢とともに強くなる傾向があるといいます。

持って生まれた気質も同様で、年を取れば取るほど「自分」が出やすくなるようです。


「更年期でイライラしがちのときに、相手に対して気に入らないと感じている部分がさらに強く

感じられ、ますますイライラする。

更年期には、夫婦間のズレが大きくなる悪循環が起こりがちなのです」(篠原さん)


■今までやりすごせていたことが許せなくなってしまう
また、更年期のホルモンバランスの崩れは、脳にも影響を与えます。
脳の「海馬」では、新しい神経細胞を作り出すことで記憶の書き換えをしています。 嫌なことが

あっても、新しい神経細胞が作られることで記憶が上書きされ、立ち直ることができるのです。


しかし、新しい神経細胞が作られにくくなると、嫌な記憶から抜け出せなくなる。

「うつ」のような状態になってしまう可能性もあります。


「女性ホルモンのエストロゲンは、海馬を守る作用があることが分かっています。

そのエストロゲンが更年期で激減し、海馬の神経細胞が作られにくくなると、今までは

『仕方ないわね』とやりすごせていたことが、許せなくなってしまうことも」(篠原さん)


「健康ラボ」














長野県茅野市在住の小学生から80歳までの男女1300人に対し、6種類のテストを使って

認知機能を調べた。その結果、認知機能は25歳をピークに低下し、50代後半には平均で、

小学校高学年と同じ程度との結果に。認知機能は自己抑制力に関わっている。

(データ:諏訪東京理科大学の篠原菊紀さんによる)


さらに、男性も女性も更年期のころを境に、脳の「メモ力」=認知機能が衰えてきます。

約束が三つ四つ重なると最初のほうの約束が思い出せない、何かを取りに2階に上がったのに

何を取りにきたのか分からない――。 といった具合です。


篠原さんが長野県茅野市在住の1300人を対象に行った調査では、男性も女性も、

40~50歳ぐらいで認知機能が低下する人が多いことが明らかになりました。


「言った」「言わない」といった夫婦の不毛なやり取りは、メモ力の低下が原因かもしれません。
また、メモの容量が少なくなると自己コントロールも利きにくくなり、言動が即時的、暴力的になる

可能性もあるといいます。


脳の老化と深く関わる更年期夫婦のズレ。逆に言えば、少しでも脳を若々しくすれば、

ズレも軽減できるかもしれません。 篠原さんによると、

(1)日常的に頭を使う、(2)有酸素運動や筋トレなどの高い身体活動、(3)生活習慣病や

メタボ対策、(4)人とのコミュニケーションや社会参加、などが有効だそう。


「生活習慣病やメタボは、脳の認知機能を低下させることが分かっています。

有酸素運動や筋トレは、こうしたリスクを軽減させるのはもちろん、海馬の神経細胞も増やす

効果が明らかになっています」(篠原さん)


40代を過ぎて独り身になると、アルツハイマー型認知症のリスクは7~8倍に
コミュニケーションも重要です。というのも、人と会話しているとき、相手の言いたいことや気持ちを

理解しようと、脳はメモ力をフル稼働させているからです。 40代を過ぎて離婚や死別などで

独り身になると、認知機能低下のリスクが3倍、アルツハイマー型認知症のリスクはなんと

7~8倍にもなる、という報告もあります。


「お互い無関心になって会話がなくなると、夫婦間のズレどころか、脳の老化を進めてしまうことに。

強すぎるストレスはよくありませんが、適度なストレスを感じる程度の会話は脳トレになる。

そう思って相手に向き合ってみては」と篠原さんは話しています。


「夫婦だから分かり合えて当然」は誤り
「性格や価値観が合わない」「結婚して相手が変わった」……。 夫婦の問題のカウンセリングに

当たる「@はあと・くりにっく」代表で臨床心理士の西澤寿樹さんの元には多くの夫婦が相談に

訪れます。


しかし西澤さんは「相談に来る夫婦は、世間を納得させるような理由づけをして自分たちの

問題を語るけれど、問題の本質に気づいていないことが多い」と指摘します。


例えば「夫の浮気が許せないから別れたい」という妻がいたとします。

いかにも分かりやすい理由ですが、夫が浮気をやめれば、妻は納得するでしょうか。


本当の気持ちが満たされないと「やっぱり浮気をしたことが許せない」と蒸し返したり、別の理由で

夫を責めたりして、夫は「戻ってきたのにまだ言うのか」と反論し、2人のコミュニケーションが

悪循環に陥る可能性があります。


本当の気持ちは何なのか。 自分に問いかけることで手がかりをつかむこともできます。

常識的に考えれば浮気はいけませんが、あえて「なぜ自分は夫に腹が立つのか」と問いかけると、

本音は「私の傷ついた気持ちを分かってほしい」という思いだったりします。


そのことを相手に伝えてみて、相手がこれまでと違う反応をすれば2人の関係は変わるかもしれません。

夫婦だから分かり合えて当然、と思うのは誤り。 自分を分かってほしいなら、まずこちらが相手を

分かることが大切。


例えば、話が通じなくなった人でも、積極的に話を聞いて、気持ちが分かってくると、

相手も変わってくる。相手を分かるためには、その人を観察することも重要です。(談)


【日経ヘルス】