

祭事が終わり、日没まで、ささやかに祭宴。
4月20日例年通り、「お大師祭」が執り行われた。
我が集落(約170戸)で、此の祭典が行われて
いるは、2か所だけになっている。
関係者も高齢になり、また後継者がい無い世帯
が多くなった。今回の参加者は10名。
ここのお堂に奉られているのは、「聖徳太子」と
聞いている。
お大師さんと云えば「弘法大師」と昔から思っている
のに、「聖徳太子」像が奉られている事が不思議だ
と、3年前から気になって、古い関係者から聞いても
みたが、判然としない。
いつ頃から、祭事が行われていたかも判らない。
そこで昨年、「聖徳太子」と「弘法大師」の関わりを
調べて見ると、「空海(弘法大師)」が819年、奈良の
雑司で、「地蔵菩薩」「不動明」「聖徳太子」三体の
石像を彫り、秘仏として石窟に安置したと載って
いた。又、「弘法大師」は「聖徳太子」の化身である
と言う伝説も伝わっている、とあった。
後年、「聖徳太子」を大工、左官、鍛冶、その他
建築関係者の守護神として崇拝して来た、ともある。
昔からこの地は、米所として知られていたが、建築
関係には、深い関わりは無いと思うが・・・・・。
祈願文には、家内安全、満作如意守護と記されて
いるので、建築だけでは無いことは解った。
因みに、我が家は昭和初期まで鍛冶屋だったので
その点では、関わりがあった訳だ。
ここまで書いていて、ふっと閃いた。
「おだいしさん」と聞けば、「お大師さん」だと刷り込
まれている。「お大師」さんでは無くて、「聖徳太子」
の「おたいしさん」ではないか・・・と・・・・????
判らなくなってきたぞ― 。
表題を「お太子さん」の祭典に、変更した方が正解
かもしれない。
*来年の祭典までの宿題としよう。