今日は屋根の塗装をしたり、
ホームセンターでポリカ波板を買ったり
いろいろ話題はあるのですがそれはまた置いておいてちょっと真面目なお話です。
いっつも田舎暮らしのことばっかり書いても何なのでたまには趣向を変えていきたいと思います。
まぁ、正直ばっかりとか言える記事数でもないですが(笑)
話は戻り題名の話題です。
先日、古くからの友人から電話があり、小一時間くらい話しました。
ちょっといきなりここからカミングアウトしますが、私は過去、視線恐怖症、昔でいえば神経症とかいうのかな、
そんな状態でとても苦しんでいた時期があります。
一番のピークは高校2年くらいから短大を卒業し、でも視線恐怖症で働くこともできず、
人と接することもできず、
たぶん22歳くらいまでだったかな今までの人生の中で一番暗黒期だった時期があります。
そのときにその状態から抜け出したくて、
当時はネットとかもなかったので情報は本とかになったと思うのですがそこで見つけたとある民間療法みたいな場所に1~2年通っていたことがあります。
電話をかけてきた友達もそのとき一緒にそこに通っていた方でそんなふだん連絡をとってるわけでもないのですが、
年賀状のやりとり、あと毎年1回は必ず会ってどこかでかけたりしています。
その人が年下ってこともあって、
私からするとちょっと歳の離れた弟みたい、
そんな感じにも思ってます。
そんな彼から電話があり、
いまだにすごい苦労していること、
つらいことだらけ、
みたいな話を聞きました。
またこんな話もしてくれました。
昔、中学生か高校生くらいだったころ万引きをしていまだにそれを
後悔していると。
それがつらいと。
と教えてくれました。
もううん十年前の話だと思います。
でもそのことで苦しんでいるそうです。
でも、私はそれを聞いて、そうやって自責の念に駆られて自分を責めるのは
逆に健康的なことじゃないかと、
悪いことを悪いと感じられることって、
本人にとってはつらいかもしれないけど、
ある意味逆にいいことではないかとも思いました。
何にも感じない方が逆にある意味不健康かもしれない。
実をいいますと、私も昔、中学生だったころ、まわりの仲良くしてた友達と万引きをけっこうしてた時期があります。
そのときは罪の意識も低く、
ある意味、簡単にものが手に入るし、スリルもあるし、楽しんでいたのかもしれません。
バカですね(笑)
そのうちその友達たちは私服警備員の人に見つかり捕まってしまいます。私はそのときは一緒にいなかったので捕まるとかはなかったのですが、年数ががたてば経つほど馬鹿なことしたなと自責の念に駆られていました。だから友人が言ってることもよくわかります。
つらいです。
もう昔のことだし、とっくに時効だし、
いまさらなって思って忘れようとしたり
意識に上ってもなかったことにしていたのですが私の場合、やっぱり忘れられなかった。
なので、ここは意を決して、謝りにいこうと思い、もう何年も経っていけど、たぶんもう当時の店長とかもいないだろうと思ったけど、そんなことを言っててもしょうがないので万引きをした書店とかに勇気を出して謝りに行きました。
そしたら別室連れていかれ、
もしかして捕まるかなとか警察呼ばれるかなとか思ったりしましたが店の方は許してくれました。
直接、出向く勇気が湧かなかった店も正直ありました。そのときはメールで告白し、自分の住所、本名も書き、送ったこともありました。
でもそのときも結局許してもらえました。
これが真実です。
ある意味、自分が楽になりたいから謝りにいくんじゃない?
とかいう人もあるいはいるかもしれませんが、たとえそうであったとしても、その行動は悪いことではないと私は思います。
かなり話はそれましたが
なので、その友人に、
自分はそうやって謝りにいったよと伝えました。
そのとき友人はとくに何もいってなかったのですが、それから2~3週間後くらい経ってから
「ケンちゃん、明日例の本屋さんに謝り行こうと思ってる。真面目に生きるよ」
とラインが来ました!
正直、あまりそんなこと期待もしていなかったし、行くとも思っていなかったので、
突然ラインがきてびっくりもしましたが
なんかちょっとうれしかったです。
なかなかやるなぁと少し見直しました。
上から目線ばっかりでごめんなさい(笑)
それってとても勇気の必要なことだからなかなか難しいし真面目に生きるってそこまでいうことでもないかなとも思ったのですが本人にとってはやっぱりひっかかっていたことなんだと思います。
そして翌日、本人が謝りにいくといっていた日に返信しました。
「おはよう。そっか、なかなか勇気のいることだと思うよ。許してもらえるといいね」と。
でも、実をいうと私が思っていたことは、
ほんとのこというとそんなことではなくて
もう友達はその時点で成功しているというか、何がどう転んでもいい方にしかいかないと思っていました。
例えば万が一、警察に通報されても捕まっても、仮に許してもらえなかったとしてもです。
捕まっても自分がよいことをしようとした、
反省して勇気を出して謝りに行った
自分自身に嘘をつかないで正しく生きようとしたそれは変わらない。
その真実は確実に残る。
胸をはれる
自分自身が一番そのことをよく知っている。
そして、ほとんどの場合、
そんなとき、みんな優しいです。
反省して自責の念に駆られて謝りきた相手を責めないですよ。
それは実際謝ってみないとわからない。
だから友達がそのことを決めたとき
もう成功は決まってると思っていました。
けどそのことはあえて話さず、
先に話してしまうものでもないし
とりあえずはこころの中にしまっておきました。
そのラインを返信をした数時間後、
友達からこんなラインが来ました。
「親にそのこと言ったらさ、
あたしの迷惑かかるからやめて、
って言われちゃったんだ」
と。
要するに親に言われたから、謝りにいくのやめたってことです。
正直、ガクってきました。
親に言われて辞めちゃうんだ。
人になんか言われるとやめちゃうんだ。
とか思いました。
本人には言ってませんが。
そのとき思ったのが
せっかく成功確定だったのに
自分自身で蹴ってしまったなということです。
まわりまわってやっとタイトルのことですがそんな感じに思いました。
なんでみすみす自分で逃してしまうんだろうと。それがとても残念。
今度会うことになっていたのですが
少し会うのが嫌になりました。
まっ、でも会いますけどね(笑)
無理やり謝りに行けとは言いませんが、
自分がこのブログに書いたこと、
思っていたことは伝えようと思っています。
今日はやけに長くなってしまった。
とりとめのない話でしたがたまにはこんな話もいいですかね(;^_^A