引き続き、『モリー先生との火曜日』から学んだことを書こうと思う。


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第3火曜日:後悔について


モリー先生は、この質問をすることの重要性を話している。その質問はこれだ。



「今日がこの世で最後の日だったら?」



この質問をしたときに、私たちの心の中にある本当に大切なものが分かる。


ふざけて、「もし今日が地球最後の日だったらどうする?」などと聞くと、


「貯金を下ろして豪遊する」


「今までしたくてもできなかったことをしまくる」


などと言ったりするが、それは事実ではない。


以前、別の本で読んだのだが、ガンなどで余命宣告をされると、ほとんどの人は自暴自棄になったりするのではなく、逆に、残された人生を悔いなく生きようと、真剣になるそうだ。


家族に感謝し、友達に感謝し、今まで当たり前だと思っていた人間関係のありがたさに気付き、仕事などよりも『 人間 』にフォーカスが向く。


それは、「死」というものが、「本当に大切なもの」をはっきりさせるからだろう。


私も、もし今日死ぬのであれば、家族と時間を取り、心からリラックスできる場所で、妻や子どもたちと最後の思い出を作ろうとするのではないだろうか。


モリー先生は言う、


「今のような文化状況じゃ、死ぬ間際にならないとこういったことまで気が回らないね。みんな自分本位のことでがんじがらめだから。仕事のこと、家族のこと、かねは足りるか、借金は払えるか、新車を買うとか、暖房が故障したら直すとか。ただ暮らしをつづけるために数知れないことにかかわっていかなけりゃならない。


これでは、ちょっと立ち止まって反省する習慣がつかないよ。


これだけなのか?


自分のやりたいことはこれだけか?


何か抜けているんじゃないか?


と時には考えないと。」



この講義の中に、私の心に残った言葉が引用してあった。


「教師は未来永劫にまで力を及ぼす。影響がどこで止まるか。自分でも分からない。」(ヘンリー・アダムス)


私は、自分の天職が 「 教師 」 であることに疑いを持っていない。いつの頃からか、自分は教えるのが好きで、教えるのが得意だ、ということに気が付き、それが神から与えられた自分の職業だという確信がある。(よく知らないことまで教えたがってしまうという欠点もあるが)


人に何かを教えることは、物を売るのと異なり(それも大切なのは言うまでもないが)、人に直接影響を与える仕事だ。


もし、1人の子どもに良い影響を与え、私の言葉がその子の人生を良い方向に変えるのであれば、その子の人生が豊かになるだけではなく、その子に接した人々がまた変えられていき、はるか未来に私の言葉が影響を及ぼしていく。


それは本当にすごいことであり、教師という仕事を心から誇りに思える理由だ。



モリー先生は死ぬ間際まで 「 本物の教師 」 であった人だ。


自分の死を最終講義になどできる人はほとんどいないだろう。大抵は、自分の死を受け入れるだけで精一杯になってしまうにちがいない。


だが、モリー先生がミッチに講義をし、それをミッチが本にしたことにより、モリー先生の死後、彼の言葉が私をはじめ、多くの人の人生を良い方向に変えているのだ。


それはきっと、モリー先生が、自分の死の先にある未来を見て、後悔しないように人生を生き抜いたからではないだろうか。