最近の子どもたちには考える力がない。
どんぐり倶楽部に来る子どもたちの中には、考えること自体を嫌がる子どももいる。そういった子どもたちは、難しい文章題を前にすると、「分からない」「難しい」「無理」という言葉を連発する。
このような言葉は心の自己防衛の現れだ。
難しい問題に直面したとき、予め自分で「できない」「無理」という言葉を言っておけば、仮にその問題が解けなかったときに、「ほら、言っていた通りでしょ」というように、自己肯定でき、心が傷つかない。
どんぐり倶楽部の問題は、1問解くのに30分から60分、かかる場合は、4時間、6時間(2、3回のクラス分)かかることもある。
だが、その「時間をかけて悩み抜く」ということが「考える力」を育てるのだ。
最近、ゆとり教育が見直され、読み、書き、計算をしっかりとやるようにと、私の子どもたちの学校でもやたらと百マス計算や大量の計算問題ドリルをやらされる。
計算などいくらやっても「真の考える力」はつかない。計算のやり方を知っていれば、1つの問題にほとんど時間をかけず、「機械的に」「流れ作業で」答えが導き出せるからだ。
計算を間違えても、その理由は「計算ミス」となり、間違いの理由などは考えない。
現役最多の224勝を挙げ、47歳の最年長プロ野球選手として活躍している工藤公康選手はこう言う。
「どんな失敗にも、その背後には、それなりの理由があるはずなんですよ。僕の経験上、なんの理由もなく失敗することはありえません。だから、失敗したときに大切なのは、何よりも失敗した理由を知ること。そのためには、『なぜ失敗したのか?』を考える時間を、しっかり持つ必要があるでしょう。
失敗の理由や対策を誰かに教えてもらうのではなく、自分の頭でとことん考えることが大事なんです。だから僕は、自分の子供に対しても『時間を与える』ということを大切にしています。」
どんぐり倶楽部では、解答を教えたり、間違いを指摘することはない。それは、「自分の頭で考える」ということが「考える力を伸ばすこと」につながっているからだ。
どこかが違うということを伝えた後は、自分で間違いを探し、初めから手順を追って考え直し、正しい答えを見つけていく。時には、自分の机と私の机を10往復以上するときもある。
時間がかかるわけだ。
工藤選手は言う。
「僕は自分の頭で考えようとせず、『答え』だけ求める選手は大成しないと思っています。『きっかけ』を与えてもらうことはあっても、最終的な『答え』まで誰かに教わったという選手に一流の人物はいないはずです。松井秀樹選手でもイチロー選手でも、みんな自分の頭で考えて、失敗を重ねながら自分で答えを出しています。」
ときどき、何十分かけても問題が解けずに泣き出してしまう子もいるが、その方がまだ健全だ。問題を解けない自分に対して、「本当は解けるはずだ」というフラストレーションが悔しさになり、涙が出てくるからだ。
この「時間をかけて自分なりの解答を導き出す」という「考える力」は実は、「人生を生き抜く力」を育てていることになる。
人生においては、単純計算のように、公式に当てはめて答えが出るなどということはほとんどない。
解答があるかすら分からない問題に直面することもある。
そうなったときに、単純計算しかしてこなかった子どもと、1つの問題にじっくりと取り組み、何時間かけてでも自分なりの答えを導き出す子どもが取る行動は、180度違ったものになるのではないだろうか。
挫折や失敗をしたときに、それを次につなげられるかどうか、それが「考える力」であり、「人生を生き抜く力」なのだ。
工藤選手は、
「失敗や挫折を次につなげられるかどうか、その鍵となるのが『考える力』です。失敗をばくぜんと悔やんでいるだけではまったく意味がない。『どうすればよくなるか?』をあらゆる角度から、徹底的に考えないと次につながらないのです。」
と言っている。
そのような「考える力」は育ててあげないと育つものではない。
「『自分の頭で考える』という習慣は、大人になってから急に身につくものではありません。子ども時代から、さまざまな挫折や失敗体験を通じて、少しずつ養っていく能力だと思います。」
と工藤選手は語っている。
私は、目の前のテストの点数など、ある意味「どうでもいい」と思っている。
少し過激なので、あまり生徒の親には言わないが、そうなのだ。
だいたい、小学校時代に自分がどのテストで何点を取ったかどうかなど、覚えているだろうか?
また、人生を生き抜くとき、子ども時代の100点が何かの足しになるだろうか?
自分の自信を育てるということにはなるかもしれないが、「考え抜く習慣」がなければ、そんなものは何の役にも立たない、ただの自己満足でしかない。
では、親として子どもたちにどのように接してあげたらいいのだろうか。
工藤選手は、インタビューの終わりにこう話していた。
「だから子どもが挫折や失敗をしたり、道に迷っているように見える時、なにかアドバイスをしなくては、とあわてる必要はありません。まずは子どもが自分でじっくり考える時間と場所を与える。そして本人が自分なりの答えを出すまで待つ。なにかをしてあげるのではなく、『待つ』という接し方を大事にして欲しいですね。」
子どもの成長する力を信じて「待つ」。親ができるのはそれだけであり、それで十分なのだ。
無理に出てきた芽を引っ張って、根っこを引き抜くことなどしなくていい。
一人一人の子どもの中には、大木に育っていくエネルギーが眠っているのだから。