シンガポールのコロニアルホテル「グッドウッドパークホテル」と「Maybank」が繋がった日。 | 男が仕切る結婚式。

シンガポールのコロニアルホテル「グッドウッドパークホテル」と「Maybank」が繋がった日。

今日のシンガポール🇸🇬ナイトは...

 

 

 

 

LTM ASIA PACIFIC🇸🇬アフターで...

 

CONRADコンラッドで一汗流しーの...

 

 

 

 

Goodwood Park Hotel(グッドウッド・パーク・ホテル)での日本人🇯🇵会。

 

 

 

 

初めての...

 

 

 
 
グッドウッド・パーク・ホテルですが...
 
 
 
 
ココンチ...
 
 
 
 
シンガポールの最高級ホテルで、
 
Raffles Hotel Singapore 🇸🇬 ラッフルズ・ホテルとならぶ伝統的なコロニアルホテルとありました。

 

 

 
 
その歴史を...
 
 

 

 

グッドウッド・パーク・ホテルは、イギリスの植民地であったシンガポール在住のドイツ人の社交クラブ「チュートニア・クラブ」として1900年に開業した。

 

 

 

 

その後、第一次世界大戦の影響でシンガポール在住のドイツ人は「敵国人」として扱われ、建物は没収された。  

 

 

 

 

この建物は1918年に競売にかけられ、カルカッタで貿易商をしていたユダヤ人のマナッセ兄弟が買い取り「グッドウッド・パーク競馬場」の名に因んで「クラブ・グッドウッド・ホール」と名付けられ1922年2月に開業、結婚式場や映画館、ダンスホールなどとして使用された。  

 

 

 

 

ホテル開業

後に、シンガポールにホテル不足が生じたため、1929年4月にホテルとして生まれ変わり、「グッドウッド・パーク・ホテル」と名付けられた。当時「ブルネイ・スイート(現ローズ・マリー・スイート)」は「スエズより東で最も美しい部屋のひとつ」と称された。  

 

 

 

 

「水交社」へ 

第二次世界大戦が勃発し、1942年1月に日本軍がシンガポールを占領しイギリス軍を放逐すると、名称を「海軍水交社」に改名し、大日本帝国海軍高官の事務所兼宿泊施設として利用され、一般向けのホテルとしての営業を休止した。なお、海軍水交社当時は帝国ホテルが運営に携わった。  

 

 

 

 

ホテル再開 

第二次世界大戦終戦後、多くの人たちの要望により、マナッセ兄弟の遺族が再び取得し、1947年にホテルとしての営業が復活した。1963年には、グッドウッド・パーク・ホテルはマラヤン・バンキング・グループに売却されました。その後1968年に、同銀行の元マネージングディレクターであるTan Sri Khoo Teck Puatが所有することになりました。 ホテルは、現在の代表で Tan Sri Khoo Teck Puatの娘である Mavis Oeiが運営に携わり始めた際に、大幅な改装を行いました。

 

 

 

 

現在

グッドウッド・パーク・ホテルシンガポールは、世界最高のラグジュアルホテルとして、様々なサービスの向上を常に目指しています。また各国のVIPにも数多くご滞在いただいています。 1989年3月23日、5つ星ホテルとして高い評価を得ていたグッドウッド・パーク・ホテルは、シンガポール国立遺産局(Singapore National Heritage Board)と合併した、シンガポール歴史建造物保護委員会(Singapore Preservation of Monuments Board)により、国家文化財に指定されました。 

 

 

 

 

その横では...

 

ムーンケーキ月餅🥮MoonCake売場が大人気でした。

 

 

 

 

この機会に訪れなければ、

 

このホテルが日本🇯🇵に縁があったことも、

 

 

 

 

アジアの街でよくお世話になるATM、

 

Maybankの創業者がオーナーということも知らなかったので、

 

とてもいい経験です🙇‍♂️

 

 

KENJI / SATO

http://www.gwk2.net