私の妻は完全な人、つまり神人である。
そして妻の思考パターンにとても似ている人間を私は知っている。
それは我が息子である。
幼い彼にも好きか無関心しかない。
いつも楽しいことを探していて、楽しくなければ気が済まない。
頭をフル回転させて、くだらないことを全力でやり、私に聞くのだ。
「面白かった?」
自分の行動が人を楽しませているかどうかが、彼の価値観の大きな部分を占めている。
だがそれ以上に、興味があることに向き合う時の集中力がすごい。
好きとはこれほどに人の集中力を高めてくれるのかと言うほど没頭する。
だが彼の行動の大部分は益体もない(やくたいもない:役に立たない)ことばかり。
ふざけにふざけて怪我をすることもある。
集団行動など存在しない。
周りの価値観など関係ない。
ただ好きなことを全力でやってのけるだけだ。
彼が時々見せる知性の高さに驚かされることあるが、普段は知能指数の低さを疑われることの方が多いだろう。
息子を見ていて私は楽しくなる。
私が子供の頃と全く同じだからだ。
叱りつけて彼の良さを奪うことなんて、もったいなくてとても出来ない。
彼はきっと私など到底及ばない、素晴らしい人に育つだろう。
いつもいつまでも笑って生きていたい。
子供の心はそうである。
だが社会の集団行動主義によって、ローラーのように子供の心は潰されてきた。
我が妻がすごいのは、子供の心のまま大人になっているところである。
心は子供だが、社会に適応する大人の対応が出来る。
私は妻のように童心を保ちながら、己の道を歩む人を多く育てたいと願うのだ。