私の妻は心のままに生きている。

妥協はするが我慢はしない。


二つの選択肢がある場合。

両方やりたいなら何とかしてやってしまう。

二つのうちどちらかを選ばなければならない場合は、好きな方を選ぶ。

そして選ばなかった方のことを2度と考えない。

そんなことを考えるくらいなら、今選んだ好きな方を大切にするように動くのだ。


「自分の好きなことだけを見て生きていたい。」

「美しいもの、好きなものだけがあればいい。」

「人はいつか死ぬ。あっさり死ぬ。だから好きなことをして生きていたい。」


妻は「嫌い」という感情にエネルギーを割くことが無駄だと考えている。

悪口や不平不満を言うことに力を割くなら、黙って去るか本気で取り組むか決めてしまう。

だから妻の感情は「愛」か「無関心」しかない。


あなたは会ったことがあるだろうか。

感情の全てが愛を基準に生きている人に。


私は時々思う。

「この人は本当に人間なんだろうか。人を超越した、別の何かではないか。」


人は人生を極めると神に近づく。

妻の思考は神とよく似ている。

だから妻に「あなたは女神様だね」と言ったりする。


妻のような人が完全な人だ。

「真なる人」のさらに上の「神なる人」だ。

私は妻の境地には辿り着けないに違いない。