こんにちは、本田健です。
「どうすればバズるんだろう」と考えながら、ブログを書いていませんか?
その気持ち、よくわかります。
せっかく書くなら、たくさんの人に読まれたいですよね。
でも今日は、はっきり言わせてください。
成功したいなら、バズを狙うのをやめてください。
逆説的に聞こえるかもしれません。
でも、これには理由があるのです。
それを今から話していきます。
1.バズを狙った文章は、誰の心にも刺さらない、ということ
「みんなに読まれたい」と思って書くと、文章は自然と「誰にでも当てはまる話」になっていきます。
角が取れて、無難になって、、結果、誰の記憶にも残らない文章ができあがるのです。
万人に向けた手紙は、誰の手紙でもありません。
逆に、たったひとりを思い浮かべて書いた文章は、不思議と多くの人に届きます。「これ、私のことだ」と感じさせる力があるからでしょう。
考えてみれば、あなたが今まで心を動かされた文章も、「あなたのために書かれた」ように感じたものではなかったでしょうか。
書き手が会ったこともないのに、自分の心の中を見透かされたような感覚。あれこそが、文章の魔法なのです。
ぼくも昔、本ですが、「これは絶対ウケるぞ」と計算して書いた原稿が、見事に無風だったことが何度もあります(泣)。
逆に、深夜に自分のためだけに書いたような原稿が、いちばん読まれたりするのです。
書くことの神様は、意地悪なのか、正直なのか(笑)、今でもわかりません。
2.バズは「打ち上げ花火」、信頼は「焚き火」である、ということ
運よくバズったとします。
ビューが跳ね上がって、通知が鳴りやまない。最高の気分です。
でも、一週間後にはどうなっているでしょうか。
多くの場合、何も残っていません。
バズで来た読者は、バズで去っていきます。
その記事の内容に反応しただけで、あなた自身に興味を持ったわけではないからです。
一方、あなたの言葉をじっくり読んで、「この人の文章が好きだ」と思ってくれた読者は、静かに、長く、そばにいてくれます。
そして、もうひとつ怖いことがあります。
一度バズを経験すると、次もバズらせなければ、という焦りが生まれるのです。
花火は、上げ続けなければ夜空が寂しく感じられてしまう。
でも焚き火は、小さくても、ずっとあたたかいのです。
花火を打ち上げ続ける人生と、焚き火を囲む人生。どちらが幸せかは、明らかでしょう。
3.数字を追うと、書くことが嫌いになる、ということ
バズを基準にすると、バズらなかった記事はすべて「失敗」になります。
打率で言えば、ほとんどの記事は失敗になるでしょう。
そんな採点をされ続けたら、書くことが嫌いになって当然です。
好きで始めたことを、自分で嫌いにしてしまう。これほどもったいないことはありません。
ぼくは、作家として20年以上やっているのに、いまだに数字が気になって、朝からダッシュボードを何度も見てしまう日があります。
そういう日に限って、一行も書けないのです。
数字を見る時間と、書く喜びは、きれいに反比例するんですね。
数字は、あとからついてくる「おまけ」ぐらいに考えておくのが、ちょうどいいのです。
4.バズは「今のあなた」を、蓄積は「未来のあなた」を助ける、ということ
バズは一瞬の風ですが、誠実に書かれた記事は、資産として積み上がっていきます。
半年前の記事が、今日はじめて誰かに読まれて、そこからファンになってもらえる。
ブログの本当の面白さは、この「時間差の出会い」にあるのです。
一本の記事は小さくても、十本、五十本、百本と積み重なると、それはあなたという人間の「見える化された履歴書」になります。
読者は一本の記事であなたを知り、過去の記事であなたを信頼するようになるのです。
ぼくのところにも、ずいぶん前に書いた記事への感想が、忘れたころに届くことがあります。
書いた本人が内容を忘れているのに、です。
文章は、書き手より長生きするのです。
5.「バズらせよう」ではなく「役に立とう」と書く、ということ
では、何を目指して書けばいいのか。
答えはシンプルです。
画面の向こうのひとりの役に立つこと、です。
今日のあなたの経験が、同じ場所でつまずいている誰かを救うかもしれない。
あなたの失敗談が、誰かの安心になるかもしれない。
そう思って書かれた文章には、体温があります。
そして人は、体温のある文章に集まってくるのです。
面白いことに、「役に立とう」と書いた文章は、たとえ読まれなくても、書いたあなた自身の心を整えてくれます。
誰かを思って書く時間そのものが、いちばんの報酬だったりするのです。
いかがでしたか?
バズは、狙うものではなく、たまたま起きるもの。あなたがコントロールできるのは、今日の一本を、誠実に書くことだけです。
そして長い目で見れば、それがいちばんの近道だったりします。