中井庄五郎編~
文久三年の天誅組の変で、幕府に痛めつけられた大和吉野郡の十津川郷士達。
勤皇の志はいささかの揺るぎもないようである。
「一心公平無私、土地を得ては天朝に帰し、功あらば神徳に属し、功を私することあるべからず」
「盛馬さん、もうすぐ京に入りますねえ」
「うむ・・・ぬしにゃやってもらいたいことが山ほどあるんじゃ、頼むき、庄五郎。」
剣術教授に十津川に入っていた土佐藩士、那須盛馬は異形の相の男を見つける。というより、剣には自信のあった盛馬がかすりもしなかった、といった方が正解であろう。
自身も鏡心明智流目録の腕前を、自慢こそしなかったが大抵の者にそうそう敗れるとは考えていなかった。
しかし・・・
身の丈6尺を超える偉丈夫に手も足も出なかった。
聞くと田宮流居合の皆伝だという。しかし道場の剣で負けるとは・・・
「道俊先生には、杖、居合だけやなく雖井蛙(せいあ)流も教わったんで・・・」
なるほど、と思った。雖井蛙流は鳥取藩士、深尾角馬の創始した剣術。盛馬は今まで当たったこともない流派だ。しかしその技量にはほとほと感心する。
「実戦だけじゃないちゅうことか。道場でも強いんじゃからなぁ」
盛馬は大笑した。
中井庄五郎。十津川郷士。
修験者道俊より田宮流抜刀術を極め、奥義に達する。人呼んで「稲妻庄五郎」
大男でひげもじゃ、朴訥な性格を含め盛馬は「熊」と呼んでいる。
「庄五郎」「はい」
「長州の品川弥二郎殿に会って欲しいんじゃ」
「はぁ・・・それで私は何をすれば」「会えば分かるき。おんしなら大丈夫、勧めたのはワシじゃ。頼むぜよ」
「はい」
長州藩士、品川弥二郎からたくされた使命は新撰組隊士、村岡伊助を斬ることであった。
新撰組にスパイとして入隊したはずがいつのまにかミイラに。
今では長州の情報が筒抜けになっているという。
京都油小路下ル。
村岡伊助は早い足取りで屯所へ戻ろうとしていた。何せ物騒なご時世である。
新撰組の隊士と分かっただけで勤皇浪士に取り囲まれるであろう。
北風が容赦なく伊助の体に吹きつける。その都度身震いした。庄屋の空き店の傍近くを通り過ぎると突然!
「村岡さんやな?」通りの狭まった左の物陰から声をかけられた。
「ひっ!」という声をかろうじて押し殺し、その声のほうを見る。
・・・デカイ。しかも髭だらけ。これは一見して不逞浪士だと考え、逃げだそうとした。
「なんや、新撰組いうたかてちっさい根性やないか。なぁ力男。」隣にはいつのまにかもう一人浪士がいるではないか。
侮蔑された声で足を止めたのがいけなかった。行く手には既に前岡力男が立ちふさがっている。
「アンタ等も腕が自慢なんやろ?逃げるくらいやったらワシと勝負せんか?」
「な、なめるなよ!オレはこう見えてもなぁ、加藤田新陰流・・・」
「何流でもかめへん。」
・・・斉藤さんか永倉さんでもいれば・・・二人くらいワケないのに・・・
いくら考えても二人はいない。左の佩刀を抜き放った。
髭の大男は抜かない。何をしてるんだ。このまま切りかかろうかと躊躇した。
「なんや、無手の男は切りにくい思うてんのか?ワシは居合使いや。」
「い、居合なら居合の構えがあるだろ!構えろ!」
庄五郎は構えず笑っている。
行く手をさえぎる右手の男と交互に見やりながら、徐々に後退していった。
「心配せんでええ。ヤツは抜かん。お前ら新撰組とちごうてワシらは集団で襲ったりせえへんのや。」
そろそろ見回りがやってくる。なんといってもここいらは一番警戒している地区でもあるし・・・今日は斉藤さんのはずだ。
それまで時間稼ぎをすれば誰かがみつけて屯所に報告してくれるだろう、そう考えた。
考えを見透かされたようだった。庄五郎が無防備に近寄ってくる。
この剣気。あまり剣に自信のない伊助でもすさまじい腕だという事は理解できた。
斉藤一に教わったことが走馬灯のように甦る。
「村岡さん、居合を相手にしたらねえ、出来る限り剣を固定しないこと。新陰流にもあるでしょ?切っ先を揺らしておくんだ。
そして下段が有効だ。少しやってみようか。」
伊助は下段に構えなおした。隙を見せないことである。
しかし庄五郎の腕は桁違いだった。鍔鳴りの音がするや掉尾(とうび)の構えから居合を防ごうと考えた伊助の剣ごと跳ね上げたのだった。
「ぐわあぁぁぁー!」
伊助の腕は打ち込みの衝撃により既に折れていた。
無銘の業物である、見たこともないような大剣が伊助の剣を腕ごとなぎ払う。
がら空きの胴に大剣が吸い込まれていく。伊助は既に肉塊と化していた。
~其の二に続く
文久三年の天誅組の変で、幕府に痛めつけられた大和吉野郡の十津川郷士達。
勤皇の志はいささかの揺るぎもないようである。
「一心公平無私、土地を得ては天朝に帰し、功あらば神徳に属し、功を私することあるべからず」
「盛馬さん、もうすぐ京に入りますねえ」
「うむ・・・ぬしにゃやってもらいたいことが山ほどあるんじゃ、頼むき、庄五郎。」
剣術教授に十津川に入っていた土佐藩士、那須盛馬は異形の相の男を見つける。というより、剣には自信のあった盛馬がかすりもしなかった、といった方が正解であろう。
自身も鏡心明智流目録の腕前を、自慢こそしなかったが大抵の者にそうそう敗れるとは考えていなかった。
しかし・・・
身の丈6尺を超える偉丈夫に手も足も出なかった。
聞くと田宮流居合の皆伝だという。しかし道場の剣で負けるとは・・・
「道俊先生には、杖、居合だけやなく雖井蛙(せいあ)流も教わったんで・・・」
なるほど、と思った。雖井蛙流は鳥取藩士、深尾角馬の創始した剣術。盛馬は今まで当たったこともない流派だ。しかしその技量にはほとほと感心する。
「実戦だけじゃないちゅうことか。道場でも強いんじゃからなぁ」
盛馬は大笑した。
中井庄五郎。十津川郷士。
修験者道俊より田宮流抜刀術を極め、奥義に達する。人呼んで「稲妻庄五郎」
大男でひげもじゃ、朴訥な性格を含め盛馬は「熊」と呼んでいる。
「庄五郎」「はい」
「長州の品川弥二郎殿に会って欲しいんじゃ」
「はぁ・・・それで私は何をすれば」「会えば分かるき。おんしなら大丈夫、勧めたのはワシじゃ。頼むぜよ」
「はい」
長州藩士、品川弥二郎からたくされた使命は新撰組隊士、村岡伊助を斬ることであった。
新撰組にスパイとして入隊したはずがいつのまにかミイラに。
今では長州の情報が筒抜けになっているという。
京都油小路下ル。
村岡伊助は早い足取りで屯所へ戻ろうとしていた。何せ物騒なご時世である。
新撰組の隊士と分かっただけで勤皇浪士に取り囲まれるであろう。
北風が容赦なく伊助の体に吹きつける。その都度身震いした。庄屋の空き店の傍近くを通り過ぎると突然!
「村岡さんやな?」通りの狭まった左の物陰から声をかけられた。
「ひっ!」という声をかろうじて押し殺し、その声のほうを見る。
・・・デカイ。しかも髭だらけ。これは一見して不逞浪士だと考え、逃げだそうとした。
「なんや、新撰組いうたかてちっさい根性やないか。なぁ力男。」隣にはいつのまにかもう一人浪士がいるではないか。
侮蔑された声で足を止めたのがいけなかった。行く手には既に前岡力男が立ちふさがっている。
「アンタ等も腕が自慢なんやろ?逃げるくらいやったらワシと勝負せんか?」
「な、なめるなよ!オレはこう見えてもなぁ、加藤田新陰流・・・」
「何流でもかめへん。」
・・・斉藤さんか永倉さんでもいれば・・・二人くらいワケないのに・・・
いくら考えても二人はいない。左の佩刀を抜き放った。
髭の大男は抜かない。何をしてるんだ。このまま切りかかろうかと躊躇した。
「なんや、無手の男は切りにくい思うてんのか?ワシは居合使いや。」
「い、居合なら居合の構えがあるだろ!構えろ!」
庄五郎は構えず笑っている。
行く手をさえぎる右手の男と交互に見やりながら、徐々に後退していった。
「心配せんでええ。ヤツは抜かん。お前ら新撰組とちごうてワシらは集団で襲ったりせえへんのや。」
そろそろ見回りがやってくる。なんといってもここいらは一番警戒している地区でもあるし・・・今日は斉藤さんのはずだ。
それまで時間稼ぎをすれば誰かがみつけて屯所に報告してくれるだろう、そう考えた。
考えを見透かされたようだった。庄五郎が無防備に近寄ってくる。
この剣気。あまり剣に自信のない伊助でもすさまじい腕だという事は理解できた。
斉藤一に教わったことが走馬灯のように甦る。
「村岡さん、居合を相手にしたらねえ、出来る限り剣を固定しないこと。新陰流にもあるでしょ?切っ先を揺らしておくんだ。
そして下段が有効だ。少しやってみようか。」
伊助は下段に構えなおした。隙を見せないことである。
しかし庄五郎の腕は桁違いだった。鍔鳴りの音がするや掉尾(とうび)の構えから居合を防ごうと考えた伊助の剣ごと跳ね上げたのだった。
「ぐわあぁぁぁー!」
伊助の腕は打ち込みの衝撃により既に折れていた。
無銘の業物である、見たこともないような大剣が伊助の剣を腕ごとなぎ払う。
がら空きの胴に大剣が吸い込まれていく。伊助は既に肉塊と化していた。
~其の二に続く