間違いなく斬ったと思った刹那!鍔元で予想外の反応が生じた。
信じられないような精妙さで庄五郎の剣の方向が狂わされた。

受け流したのかはじき返されたのか、判断のつかぬまま庄五郎の体は泳いだ。

右袈裟に打ち下ろされる剣を瞬時に感じ取りあてずっぽうに防ぐ。

かろうじて庄五郎はその剣を受けた。ギャーンという音と共に火花が散っている。この大刀でなければ折られていただろう。

「なんちゅうやっちゃ・・・ワシの抜き打ちは通用せんか・・・」

衝撃で左肩の腱が切れた。アバラも何本かいかれたようだ。


「むん!」

左手に衝撃が走るが、生来の膂力の強さで斉藤の刀を左へ振りはらった。

体勢を崩すものと考えた庄五郎は右横殴りに剣を振り切ろうとするが斉藤には通じなかった。

切っ先がこちらから微塵も離れていない。左手の衝撃はますます強くなってくる。

「こりゃあかんで・・・」

もうあかんかもしれん、と思う間もなく斉藤の様子がおかしい。一間以上も間合いをとりだした。

「・・?」

今が盛馬のところへ行くチャンスと見るや、脱兎のごとく駆け出した。それほど離れてはいない!

沖田・永倉を相手にしている那須盛馬はしたたか酩酊している。二人も飲んでいるようだ。

沖田は取り囲んで成り行きを見守っている。

戦闘に加わらないのは、永倉の腕に遠く及ばないと判断したのかもしれない。
永倉も神道無念流、岡田十松門下の麒麟児である。

道場、実戦共に沖田・斉藤と比肩し得る新撰組二番隊組長だ。

盛馬の小手を狙ったのか判断がつかない逆袈裟を永倉はいともたやすくはじいた。

「こなくそ!」

はじかれて後ろにたたらを踏んだ盛馬めがけ、永倉の左胴が盛馬のわき腹をえぐる。

「ぐわっ!」

短い呻き声を上げ盛馬は尻餅をついて後ろに這っている。

「永倉さん、武士の情けです。とどめを。」

剣を鞘に収めつつ、最後の検分支度を始める。斉藤は心配ないだろう。そう考えた刹那!

凄まじい剣気を感じた。瞬時に沖田は兼国と利き腕の名刀、菊一文字を抜き放つ。

ところが!

脇を大男が恐ろしい速さですり抜けた。その勢いのまま、まるで獣かと見まがうような勢いで永倉に当身をくらわせる。

不意をつかれた永倉に当身がまともに入った。崩れながらも右横殴りに剣を繰り出す!

庄五郎はギリギリで永倉の剣をかわしながら、両脇で盛馬を抱きかかえ走り出した。

かわされた永倉は転んでしたたか腰を打った。

「いててっ!・・・へえ・・・まるで熊だねありゃ。」

「永倉さん・・・」

見ると総司が困ったような顔つきで新八を睨んだ。

「総司、まぁいいじゃねーか。オレも当身をくらっていてーんだよ。オマエ追ってくれ。オレも後から行く。」

「斉藤さんは?」

「ばか野郎、オレが戦ってお前が見物してたんじゃねーか!どうしたんだ一は。」

斉藤は呆然と剣と手を交互に見つめている。

アレだけ優位に戦っていた一であったが、右袈裟に打ち下ろした際に生じたのであろう亀裂が入っていた。折れる寸前である。

しかも最初の胴抜きをいとも簡単にかわしたと思っていたはずだが、衝撃で左手が思うように動かない。

屈辱であった。剣において遅れをとったことのない達人斉藤のプライドがズタズタにされた瞬間であった。

「斉藤さん」

沖田が声をかける。

「どうしたんです、あなたらしくもないじゃないですか。何かありましたか?」

「いえ、何でもありません。・・・沖田さん!」

「はい?」

「・・・あ、いや、・・・」

あなたは真剣を折ったことがありますか?

叫びだしたい衝動を抑えるのが精一杯である。

「屯所に戻りますか?私と永倉さんがいれば後は心配ありませんよ。」

「いや、大丈夫です。行きましょう」


永倉が後を追っている。

「盛馬さん!援軍を呼んできますから!」

声が聞こえた。

「ははーんあの熊だな。なめてかかるとやられるかもな、ヘヘヘ」

永倉は楽しそうである。

この男は強い男を見ると血がたぎるのであろう。芹沢一派、平山五郎を斬った時も笑っていた。

平山も神道無念流目録の腕前だ。謀殺とはいえ、平山は永倉に一合も交えられなかった。

凄まじい腕だ。

おっつけ二人が永倉と合流する。しかし庄五郎と盛馬の姿は見えない。

「土佐藩に入っちまったかな?こうなると面倒くせーよなァ」

「藩邸の周囲を見回ってみましょう。永倉さん、斉藤さんと一緒に頼みます!」

「おうよ!」

三人がいくら探してもそれらしき人影は見えない。

「まぁしゃーねえ。そろそろ戻ろう。土方さんに相談して上には話通してもらうとするか」



庄五郎は藩邸に行くとみせかけて橋のたもとで息を殺していたのだ。

土佐藩は日和見である。上士でもない盛馬を連れていったところで追い出されるかもしれぬ。

ましてやワシが行ったところで・・・そう思い、やり過ごすまで隠れる方策をとった。

結果的に成功であった。

盛馬を麹屋町姉小路の池村久兵衛方に担ぎ込んで応急処置を行い、

下御霊(しもみす)神社の裏手にある古本屋で療養させたのである。

盛馬が元気なった頃をみはからい、吉野の十津川郷へかくまうことにする。この騒ぎで会津松平候から土佐山内家へ詰問使が届くことになったからであった。

中井庄五郎の京での活躍は続く。
慶応三年初冬、馴染みの酒屋で那須盛馬としたたか痛飲した庄五郎は四条大橋にて新撰組猛者中の猛者、

沖田総司、永倉新八、斉藤一と出くわしてしまう。

隊士を連れていないところを見ると、見廻りじゃない。

三人で飲んでいたようだ。

隊服のだんだら模様をみつけた盛馬が最初に因縁をつけた。

「おんしらの服見よると酒がまずくなるき、どこなりといんかい!えらそうに街中闊歩しよってからに!」

「盛馬さん、やめましょう。」

さすがの庄五郎でも相手が悪すぎる。アレは新撰組で最強と名高い一番隊組長、沖田総司ではないか。

沖田総司が水戸脱藩、進藤某を斬った現場を通りかかったことがある。

中段とも下段ともつかない、右斜めに剣を構え猫背のように背を丸めている姿が目に焼きついている。

総司の強さは鬼神と見まごうばかりであった。進藤を突き一発で瞬殺したのである。

庄五郎をもってしても繰り出される剣が見えなかった。

手が震えた。ワシだったらどうするだろうか。あの突きをかいくぐれるのか。

夢でうなされたこともある。


「土佐藩士か。容堂公が呆れるぞ。見逃してやる、さっさと行け。」

永倉が言った。

「すんません。盛馬さん、行きましょう。」

「待て」

声をかけたのは斉藤一だった。

髭面の大男で引っかかったのだ。監察役山崎からの報告ではとても絞りきれない程の情報がもたらされたが、

居合の達人で髭面、大男という報告は確かにあった。

「そなたの名前はなんと申す」

「私は土佐藩士、有働清兵衛と申します。」

「どうしたんです、斉藤さん。どこかでお会いしたことでも?」沖田が割って入る。

「いえ、ちょっと気になったもので・・・有働殿、お主本当に土佐のお方か?それにしては近畿訛りが強いようですが」

言いながら斉藤は既に刀の鞘に手をかけている。

それを見た盛馬が激昂した。

「なんじゃあ、ぬしらは!ワシらと闘おうちゅうんかあ!」

いきなり抜刀してしまった。こうなるともうしょうがない、覚悟を決めた。相手が1人でも敵うかは分からない。ワシが二人引き受けよう、と考えた。

ところが・・・

斉藤が割って入り、沖田・永倉が盛馬めがけて突っ込んでいったのだ。

「そなた、村岡伊助をご存知か?」

「・・・・・・・・」

「まあよい。居合の使い手のようだ・・・」

並々ならぬ剣力を見てとった。正眼につけられた剣の先から向こうはまるで幻の如く揺らいでいる。背中にイヤな汗が吹き出た。

庄五郎は身震いがした。しかし今更引くワケにはいかない。

切っ先が触れるか触れないかのところまで近づくと瞬速で踏み込み抜き打ちを敢行する。

庄五郎の大剣が斉藤の胸元めがけて飛び込んでいく!
新撰組三番隊組長、斉藤一が通報を聞き駆けつけたのはすでに四半刻も過ぎた頃であろうか。

見るも無残な村岡伊助の死体を、先に到着していた原田左之助が検分していた。

「おう、斉藤。おせーじゃねーか」
「・・・・・・・・・」
「村岡がやられちまったぞ。相当な手練れだな。思い当たるフシはねーか?」
「腕も折られてんのよ。一撃で刀ごと腕も持ってかれちまったらしい。切り口もスゲエぞ。見るか?」
「いえ・・・結構です。」
「薩摩っぽで左胴斬りってのも合点がいかねーしな。居合か?居合使いだとしたらおっそろしい腕前だ。」
「・・・・・・・・・・・」
「オマエが面倒みてた村岡だ、後は任せたぜ。」

そういうと原田は十番隊を引き連れ屯所に戻っていった。

斉藤は無口だが素直な村岡に好感を持っていた。
長州脱藩と口では言っていたが多分間諜だろう、そう思っていた。
御倉伊勢武の例もある。斬ったのは斉藤であった。
ところが村岡は素直に自分の役目を告げ、改めて新撰組に入隊したい、そう言ったのだ。

隊規が厳しく、脱走も必ず見つけ出しては処分する新撰組である。
雄藩の長州を辞めて新撰組に入るという選択肢を選んだ村岡を誇らしく思えたのだ。

そして剣も斉藤が教えてきた。けして天賦の才があるとはいえなかったが呑み込んで努力を怠らなかった。
「村岡さん、安らかに」
心のうちで手を合わせ、丁重に葬る支度を始める。


観察(監察)役の山崎蒸を斉藤は呼んだ。
村岡の犯人を内偵してもらおうと思ったのである。

「やれますか?」
「はぁ・・・斉藤さんのお話からある程度絞り込むことが出来ると思いますが。」
「じゃよろしくお願いします。」


品川弥二郎から寺田屋へ招待された。
いまや時の人、坂本竜馬に会えるのである。庄五郎は胸が躍った。

坂本はハタチ未満の庄五郎を格下扱いせず、同等に扱った。そして自説の「富国強兵論」を滔々と
まくしたて時勢に明るくない庄五郎に諸国の話などを聞かせる。

「日本も強国にならなあかんのぜよ!なぁ庄五郎君!」
「はぁ・・・しかし私などがお役に立てるのでしょうか・・・」
「何をいうちょる!おんしら若者が日本を引っ張らんでどうする!愉快じゃあ!」

大抵酒が入ると坂本はこの調子だが、そこは憧れの存在である。すっかり庄五郎は惚れてしまった。

「ワシは坂本さんの為ならいつでも死ねる!」周りの者に言って憚らなかった。