ユダヤの習慣にシェバという風習がある。日本で言うと、喪にあたるもので、
身内の人が死んだとき、7日間外へも出ず、家の中の鏡やTV、すべてのガラスに黒いプラスチックの板を貼り、喪に服す。
7日経つと、親しい友人が
さぁ、悲しむのは止めて、もう外へ出よう!と肩に手を置いて元気づけるのだと言う。
麗しい風習だ。
身内の人が死んだとき、7日間外へも出ず、家の中の鏡やTV、すべてのガラスに黒いプラスチックの板を貼り、喪に服す。
7日経つと、親しい友人が
さぁ、悲しむのは止めて、もう外へ出よう!と肩に手を置いて元気づけるのだと言う。
麗しい風習だ。
驚くことに、旧約聖書の出エジプトを見ると、モーセが死んだ時、
民は30日の間、喪に服した。
と書いてある。
いかにモーセが、ユダヤ人にとって大きな存在、リーダーであったかが伺える。
同年代の赤児が皆殺しにあう中、母の智慧により、エジプト王子のラメセスⅡ世と兄弟のように育てられ、成人となり自分の出自を知ると、虐げられ続けているユダヤ人同胞を助け、その為、エジプト王室から追われ、ユダの荒野でYWHWの声を聞き、何度も固辞しながら、やがて民のために立ち上がる。エジプト王ラメセスⅡ世と対等に話せるユダヤ人など、他にはいない。
エジプトで10の災いと紅海での奇蹟、シナイ半島での度重なる奇蹟を行い、民を導き、約束の地カナンの手前でその役目を終え、120歳で亡くなった。
旧約聖書の最初の5書を子孫のために残し、民をエジプトから導き、民族を奴隷の位置から自由の民へと導いてきた人間で、Jesusが出現するまでユダヤ人の間では最も偉大な預言者と言われた。
日本にも昔は喪に服す風習があった。小学生の頃、おじいさんが亡くなって親から神社の鳥居の柱は外側を通るように言われた。
今でも年賀状や晴れやかな行事を避ける慣例はある。
だけど、空しい。
先日、父をなくした。
元気な頃の思い出が、余計に悲しい。
初めてキャッチボールをしたのも父で取りやすいボールを投げてくれた。
兄も知らない優しい思い出や
嫌な思い出もたくさんある。
日本にも昔は喪に服す風習があった。小学生の頃、おじいさんが亡くなって親から神社の鳥居の柱は外側を通るように言われた。
今でも年賀状や晴れやかな行事を避ける慣例はある。
だけど、空しい。
先日、父をなくした。
元気な頃の思い出が、余計に悲しい。
初めてキャッチボールをしたのも父で取りやすいボールを投げてくれた。
兄も知らない優しい思い出や
嫌な思い出もたくさんある。
母が亡くなった日、近くで一緒に寝た。
生涯、まじめで正直な人だった。
自分のことを大学出るまで
黙って応援してくれた。
生来、面倒見が良く、
人に騙されても人を騙す人ではなかった。
それが誇りであり、その実直さが余計に悲しい。
いずれ地球は、人間が住めなくなる、その前に自分もこの世からはいなくなる。パウロが言うようにまた会って礼を言いたい。
お父さんここまで育ててくれて本当にありがとう。


