冬のアップルパイ

 

 

 こたつから出るのもためらう季節だと言うのに、ここの商店街は相変わらず人に溢れている。

「安いよ安いよー新鮮だよー」

と魚屋模範の大きなかけ声に負けじと並んだ店々は大声張り上げ手振り足振り大忙しに動き回っている。それに伴って安いもの目当てのおばちゃん連中はあーでもない。こーでもない。と品定めに必死である。

 こんな慌ただしい毎日をよくこなせるものだと感心しながら、声をかけられるのを避けようと、自分は通りすがりで買い物に来た訳ではないというそぶりを全面に出し、チャックをいっぱいまで閉めたハイネックのジャンパーに顔半分うずめて歩いていた。

 通りを一つ離れると静けさを取り戻し、商店街の騒がしさは言葉を失ってただガヤガヤとした雑音の塊として感じ取られる。ほんのりと甘い匂いと共に足取りがやや早くなる。私の目当てはこっちにあるのだ。人混みが苦手で商店街を避けて家に帰ろうと思ったのがきっかけで見つけたこのアップルパイ専門店。店内は季節に合わせて常に適温で、こんな寒い日なんかはちょっとした暖休憩に立ち寄るのにちょうどいい。

 

 かく言う私はちょっとした暖休憩どころか、ここのアップルパイ目当てで暖かいこたつを出て寒い中15分も歩いて訪れているのだから本末転倒と言われても言い訳のしようもない。店内は不要なものは全て取り除いたという様にシンプルで木目のはっきりとした机と椅子がいくつか並んでいるだけである。

 満席になっている所を見たことがないが客が0の時も見たことがない。「今日も冷えますねー。」などと店員と一言ふたこと挨拶してから、タイル張りの壁の前のカウンター席に腰を落ち着け、アップルパイとコーヒーを注文した。

 サクッとした表面の生地の中からトロトロの餡と同時にたっぷりの湯気が溢れ出してくる。しつこ過ぎない甘みとりんごの甘酸っぱさを口の中でパイ生地が風味を形としてまとめあげてくれる。名残惜しく一口目を飲み込んだ後、苦いコーヒーを挟み、もう一口二口。真ん中に近づくにつれて熱々な餡にまみれながらシャクっとした食感を残したりんごの果肉がゴロゴロと口に入り頬袋を膨らませる。

 

なんとも言えない至福のひと時を過ごし、余韻に浸りながらコーヒーを飲みきると私の満足中枢は頂点を迎える。完全に隠れ家的なB級グルメだと私は認識しているが、この雰囲気を壊したくないと言う思いと勝手な独占欲から人に勧めた事はまだない。