フィンガーダンサー.Blog byケンディジット -47ページ目

ミズノ Mizuno フィンガーロゴ Finger font Logo hand 指 ハンドロゴ

ミズノ(Mizuno)Fingerfont-Logo No.255


大阪に本社があるスポーツ用品メーカー、こういうシンプルなロゴは久しぶりですね。
手を13使用

 

ミズノ(登記上の商号:美津濃株式会社: Mizuno Corporation)は、大阪府大阪市住之江区南港北に本社を置く、日本の総合スポーツ用品メーカーである。

同社の経営理念は「より良いスポーツ品とスポーツの振興を通じて社会に貢献する。」。コーポレート・メッセージは「THE WORLD OF SPORTS」・「明日は、きっと、できる。」。

創業は1906年(明治39年)4月1日で、長年にわたってスポーツ振興に力を注ぎ、小さなスポーツ大会からオリンピックをはじめとするさまざまな国際大会にいたるまで幅広く協力。世界屈指の総合スポーツ用品メーカーとして、国内外から高い評価を受けている。同じ大阪に本社を置くデサントゼットエスエスケイザナックスヒットユニオン、神戸に本社を置くアシックスと並ぶ関西のスポーツ用品メーカーの一つ。

1976年4月の『キングズゴルフ』開始から2002年3月の『福山エンジニアリング』放送中での帝人への交代までの26年間、毎週土曜日23時台前半の関西テレビ制作・フジテレビ系列で放送されていた番組のスポンサーを担当していたことでも知られる。

美津濃とは、自身の苗字「水野」ではふさわしくないと考えた創業者水野利八が故郷の旧名(美濃)の間に(実家が木材問屋)を当て、会社に人材が集まり、店が発展したとき、子孫以外の人材に立派な才能を持った人が現れるように願いを込めたものである(こうした経緯から、漢字で「美津濃」と書いてもカタカナ表記では「ミノ」とならずに「ミノ」であり、ローマ字表記でも"Miduno"や"Midzuno"ではなく"Mizuno"となっている)。1987年昭和62年)、社名表記が漢字の「美津濃」からカタカナの「ミズノ」に統一化されている。

あらゆる種目のスポーツ用品・ウェアを手掛けており[注釈 1]、中でも野球に関してはイチロー松井秀喜の二大看板を筆頭にプロ・アドバイザリースタッフが多数存在し、グラブ、スパイク、バット、バッティンググラブなどの多くの野球用品において圧倒的なシェアを保っている。2011年平成23年)シーズンからはプロ野球全球団の 統一仕様球 を供給する事となった。また、軟式野球ソフトボールでは2002年(平成14年)にバット「ビヨンドマックス」を発売。ボールがミートする部分にやわらかい材質がついていて、当たったときにボールがつぶれないようにして飛距離を得ることができると評判になり、大ヒット商品になった。

サッカーでは、アディダスプーマの後塵を拝する形であるが、同社のスパイク、モレリアIIシリーズはJリーグの選手でも愛用者が多い。1993年(平成5年)のJリーグ発足時にはリーグ全チームのリーグ戦用ユニフォームがミズノ製であった[注釈 2]。またリヴァウドが若い頃から愛用していたこともあり、全盛期には彼の足を科学測定したシューズを作りそれを一般販売するなど広告塔としていた。2015年(平成27年)時点では、徳島ヴォルティスヴァンフォーレ甲府愛媛FCの3チームがミズノ製ユニフォームを採用している。

1965年(昭和40年)に、水着では国際的な知名度を有する英国のメーカー、SPEEDO社とライセンス契約を結び、日本における同社ブランド製品の製造・販売のみならず、SPEEDOブランドグループ全体における最先端技術の開発の役割も担ってきた。しかし、2006年(平成18年)、4月1日に創業100周年を迎えたのを機に、『全商品のブランドを“MIZUNO”に統一する』方針を決定。これに基づき、まだ期間が残っていたライセンス契約を2007年(平成19年)5月31日付で打ち切り、以後は自社ブランドの水着を製造・販売することとなった。なお、ライセンス契約については、三井物産に事実上譲渡(三井物産が改めてSPEEDO社と契約)し、契約切れ後直ちに商品展開。三井物産は商品製造をゴールドウインに委託して日本国内での展開を行っている。

2011年1月17日には関西大学との間で、向こう1年間にわたり、教育・研究・文化の振興、人材育成、スポーツ振興、社会貢献などに関わる連携協定が締結された。この協定に基づき、同学の野球部アメリカンフットボール部サッカー部、アイススケート部、アイスホッケー部、陸上競技部の6つの体育会各部に対し、同学体育会の統一名称でもある「カイザー」(ドイツ語で「皇帝」の意)を基調としたデザインのユニフォームが供給されることになった。

戦前にはグライダーを自社にて開発・製造しており、1941年には同社の301型「ソアラー」が当時の滞空日本記録となる滞空時間10時間33分30秒(高度3600m)を記録[1][2]島本真の項も参照のこと)。また軍用グライダーの開発も手がけており、代表的な機体に一式標的機などがある。

Canon フィンガーロゴ Finger font Logo hand 指 ハンドロゴ

Canon(キヤノン)Fingerfont-Logo No.253 フィンガーロゴ 
名前の由来は観音菩薩 KWANON(カンノン)から来てます。
ロゴだけだとシンプルなので、世界中で最も愛されているデジタル一眼レフカメラ「EOS-7D」を手で再現してみました。
手を69使用

 

キヤノン株式会社(読みはキャノン: Canon Inc.)は、カメラビデオをはじめとする映像機器、プリンタ複写機をはじめとする事務機器、デジタルマルチメディア機器や半導体露光装置(ステッパー)などを製造する大手電気機器メーカー[3][4][5]

芙蓉グループ東証一部およびニューヨーク証券取引所(ティッカー:CAJ)上場企業であり、TOPIX Core30の構成銘柄の一つ。

製販が分離しており、マーケティング・販売業務は、地域統括販売会社(キヤノンMJ (CMJ)、キヤノンUSAキヤノンヨーロッパキヤノン中国佳能)、キヤノンオーストラリア)を中心に展開されている。

概要

1937年設立のOA機器の総合メーカー。主な事業内容として、オフィスビジネスユニット(オフィス向け複合機、レーザー複合機、レーザープリンターなど)、イメージングシステムビジネスユニット(レンズ交換式デジタルカメラ、コンパクトデジタルカメラ、デジタルビデオカメラ、交換レンズ、インクジェットプリンターなど)、産業機器その他ビジネスユニット(半導体露光装置、フラットパネルディスプレー露光装置、医療画像記録機器など)を展開している。米州、欧州など海外売上高比率が極めて高い。16年12月に医療用機器を手掛ける東芝メディカルシステムズ(TMSC)を子会社化した。 1949年の上場以来、年間での赤字は一度も無い。TOPIX Core30の構成銘柄の一つでもある[6]

経営状況

連結業績のセグメント別売上高構成比は、オフィス53.1%、イメージングシステム32.2%、産業機器その他17.2%。地域別売上高では、国内より欧米市場など海外が大きなウエートを占めており、国内が20.8%、海外が79.2%となっている。海外生産比率は同60%。 17年12月期第3四半期累計(17年1~9月)の連結業績(米会計基準)は、売上高2兆9,597億円(前年同期比21.5%増)、営業利益2,524億円(同69.8%増)だった。第3四半期(7~9月)に限ると、売上高9,945億円(前年同四半期比27.7%増)で、営業利益は805億円(同2.0倍)。レーザープリンターの回復が継続し、カメラは新製品を中心に堅調に推移。フラットパネルディスプレー露光装置、有機EL蒸着装置の大幅な伸長、TMSCの新規連結影響も寄与した。損益面では、継続的なコストダウン活動が奏功している。17年12月期の連結業績は、売上高4兆800億円(前期比19.9%増)、営業利益3,500億円(同52.9%増)を計画。第3四半期決算発表時に売上高で300億円、営業利益で200億円それぞれ上方修正した。為替前提の円安への見直し、TMSCの寄与などが要因。

特許戦略

海外での特許出願も重視しており、2014年末時点での特許・実用新案の保有件数は、世界全体で約9万2,000件。 海外出願に際しては、地域ごとに事業戦略や技術・製品動向を踏まえて出願戦略を綿密に立て、必要な国や地域を見極めた上で出願し、なかでも、ハイテク企業が多く、市場規模も大きい米国での出願に注力している。結果として近年登録数が増加し、2014年には日本企業として初めて4,000件を突破した。米国特許取得件数における日本企業中のキヤノンのランキングは11年連続1位を獲得している。

 

出光 フィンガーロゴ Finger font Logo hand 指 ハンドロゴ

出光(IDEMITSU)フィンガーロゴ Fingerfont-Logo No.252


こちらは手数を多めに使いリアルに再現しています。
 このロゴデザインはギリシャ神話のアポロンが元になっているそうです。 手を36使用

出光興産株式会社(いでみつこうさん、英称:Idemitsu Kosan Co.,Ltd.)は、石油類精製・販売などを行っている日本企業である[3]1949年(昭和24年)に石油元売会社に指定された[3]。創業者は出光佐三[3]。通称は「IDEMITSU」または「出光」。(2019年 (平成31年)4月からは「出光昭和シェル」となる。)

概要

出光佐三により福岡県門司(現・北九州市門司区)で石油小売を業とする「出光商会」として1911年(明治44年)に創業。1940年(昭和15年)に現法人が設立され、戦後高度経済成長の波に乗り、石油の輸入・精製を手がける民族資本の元売大手として発展した。2000年代前半まで、サントリー(現・サントリーホールディングス)竹中工務店ロッテ(現・ロッテホールディングス)、ヤンマー(現・ヤンマーホールディングス)YKK興和大日本除虫菊などとともに“非上場の大企業”として知られていたが、時代背景から開かれた企業を目指すべく、2006年(平成18年)10月24日東京証券取引所一部に上場した。

創業時より上場前まで「大家族主義」という日本的経営を標榜し、タイムカード定年制が無かった(勤務時間管理及び定年制は、数年前[いつ?] より導入)。上場まで長らく資本金10億円という過小資本状態であった。ただし相対する負債も創業家及び創業家関係会社による劣後債務であるため、過小資本とは断言できるものではない。

企業のロゴマークは2種類存在し、燃油および自動車高級潤滑剤にはギリシャ神話アポロンをイメージした「アポロマーク」が、工業用、船舶用の各種高級潤滑剤には同じくギリシャ神話のダプネーをイメージした「ダフニーマーク」が用いられている(これらのブランドロゴとは別に、正三角形の中に「SI」の文字を入れた社章も存在する)。「出光」の筆文字ロゴタイプ(通称・髭文字)は創業者・出光佐三の揮毫であり、同社の登録商標[4]である。

キャッチコピーは、「ほっと安心、もっと活力、きっと満足。出光の約束」・「ニッポンに、エネルギーを。」・「NEXT IDEMITSU!」の3種類あるが、「出光昭和シェル」に改称した時点でこれらのキャッチコピーは使用されなくなる予定。かつては「つぎの活気へ。MOTION」のキャッチコピーもあり、1989年春から1990年夏にかけてキャンペーンを展開していた。[5]

主要関係会社として、アストモスエネルギー、出光タンカー、出光オイルアンドガス開発、出光エンジニアリング、アポロリテイリング、出光クレジットがある。サービスステーション運営の主要会社として、子会社の出光リテール販売沖縄出光、グループ外の宇佐美鉱油が挙げられる。