はじめまして、の方はこちらから。
生きづらさが終わる「肚(はら)の据え方」について書いている、けんちです。
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1996年、モントリオールへ渡った。
日本が嫌いだったわけではない。
でも、このままでは自分が自分でなくなる。そんな感覚があった。
英語は片言、フランス語はまったく分からなかった。
冬の寒さは、痛いくらいだった。
それなのに、日本にいたころより、呼吸がしやすかった。
レジに並んでいると、担当の店員が、小さく鼻歌を歌っていた。
日本なら、「仕事中なのに」と眉をひそめられるかもしれない。
でも、そのときの私は、妙に救われた。
「ああ。この人、"ちゃんとしてない"のに、ここにいていいんだ」
カナダで最初に受け取ったのは、自由ではなかった。
"存在していていい"という感覚だった。
ここに、いていい。ただ、それだけのことだった。
たったそれだけで、呼吸が変わったことに、自分でもおどろいた。
いま思えば、あれが最初の"癒し"だったのかもしれない。
たった一小節の鼻歌が、遠い国から来た一人の人間を、こんなふうに軽くすることがある。
今、どこかで、力を入れすぎている人へ。
今日も、読みにきてくれて、ありがとう。
どうか、力の抜けた一日を。
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