はじめまして、の方はこちらから。

 

生きづらさが終わる「肚(はら)の据え方」について書いている、けんちです。

 

https://www.ameba.jp/profile/general/kenchi-mogi/

 

 

 

1996年、モントリオールへ渡った。

 

日本が嫌いだったわけではない。

 

でも、このままでは自分が自分でなくなる。そんな感覚があった。

 

英語は片言、フランス語はまったく分からなかった。

 

冬の寒さは、痛いくらいだった。

 

それなのに、日本にいたころより、呼吸がしやすかった。

 

 

 

レジに並んでいると、担当の店員が、小さく鼻歌を歌っていた。

 

日本なら、「仕事中なのに」と眉をひそめられるかもしれない。

 

でも、そのときの私は、妙に救われた。

 

「ああ。この人、"ちゃんとしてない"のに、ここにいていいんだ」

 

カナダで最初に受け取ったのは、自由ではなかった。

 

"存在していていい"という感覚だった。

 

ここに、いていい。ただ、それだけのことだった。

 

たったそれだけで、呼吸が変わったことに、自分でもおどろいた。

 

 

 

いま思えば、あれが最初の"癒し"だったのかもしれない。

 

たった一小節の鼻歌が、遠い国から来た一人の人間を、こんなふうに軽くすることがある。

 

今、どこかで、力を入れすぎている人へ。

 

今日も、読みにきてくれて、ありがとう。

 

どうか、力の抜けた一日を。

 

 

 

▼無料プレゼント

 

『「まだ足りない」が終わらない本当の理由』(10分で読めるPDF)と

 

毎朝5分の音声「頭が静かになる7日間」をお渡ししています。

 

受け取りはこちら → https://note.com/kenchi_mogi/n/n9020d06a8d52