日経新聞の「交遊抄」に東洋大学

教授の野崎浩成さんのエール大学に

留学していた時からの友人として

渡瀬裕司さんが紹介されていた。

 

渡瀬さんはサラリーマンの世界で

大谷選手みたいな2刀流を実現している方だ。

 

ビジネスマンとして、ラクビーの指導者として

 

 

渡瀬さんは慶應高校、慶應大学を卒業後、

 

<ビジネスマンとしての経歴>

1986年三井信託銀行入社

(外国業務部、資金為替部、証券運用部、

国際企画部、年金企画部)

1989年 エール大学のビジネススクール留学

1991年 エール大学大学院卒業

2001年 シテイバンク銀行

(プライベートバンク部にてRMとして

個人富裕層、事業法人オーナーの

資産管理会社を対象として金融サービスを提供)

2005年UBS銀行東京支店

(ウエルスマネジメント部の東京オフィスヘッド

として100人の部下を管理)

2015年ストームハーバー証券顧問

2021年同社戦略推進担当マネージングデイレクター

 

 

<ラクビー指導者として>

そもそも所属していた慶應大学

ラクビー部で選手時代の1986年

大学選手権、日本選手権の優勝の

立役者としてプレイヤーとして活躍

 

社会人2年目1987年から

慶應大学のラクビー部のコーチ

2002年〜2004年慶應大学

ラクビー部の監督

2013年〜2019年

慶應大学ラクビー部GM

 

2016年〜2021年

ジャパンエスアールのCEO

サンウルブズを運営

2016年よりラクビーの国際大会である

スーパーラクビーに参加

2019年〜2021年

 日本ラクビーフットボール協会

強化担当理事

 

2021年〜

埼玉ワイルドナイツ戦略推進デイレクター

 

 

2刀流の原点は三井信託に入って2年目に

お世話になった傾向のラクビー部の故上田昭夫監督

から「大学のコーチをやってくれ」と声が掛かったこと。

後先考えずに直感で引き受けたのが

その後に繋がる

 

大学のコーチや慶應高校の監督を経て、

慶應大学のラクビー部の監督を引き受ける時に

外資の銀行に転職。成績をあげれば時間の融通が

効く外資に転職して、仕事とラクビーの監督業を両立。

その時に父親から慶應大学のラクビー部

の監督になることは

一部上場企業の社長になるより難しい

ことだと言われた

ことも背中を押されたとのこと。

 

監督になってからは午前中に仕事をして、

12時には日吉のグラウンドに行き、

練習に参加、21時に会社に戻り、

帰宅後はビデオチェックする日々

 

「僕じゃなくてもいいでしょ?」と思う仕事は

引き受けないのがポリシー。

そうでないとこの2足の草鞋を両立させることは

できない。

 

サラリーマンの世界にもスーパースターが

いるんだな〜

すごい!