日本バスケットボール協会の

技術委員長の東野智弥さん

 

1970年石川県生まれ

北陸高校3年生の時に全国高校総体制覇

早稲田卒

実業団で3年プレーして指導者へ

2015年浜松・東三河フェニックスの監督

2016年日本バスケットボール協会技術委員長

 

日本のプロバスケットボールはこの数年

特に盛り上がってきたが、その裏方の立役者だ。

 

東野さんは25歳で引退した後にアメリカに

行きます。

大学時代に雑誌の記事を通じて知り合った

ルイス・アンド・クラーク大学のコーチだった

ボブ・ピアスさんを訪ねます。

 

オレゴン州ポートランドにある

ルイス・アンド・クラーク大学で、

フリースローが苦手な選手が10本中7本成功すれば

合格でコーチとして置いてくれるとのこと。

 

2人で10日間練習を重ねて、

本番では10投目で7本目が成功し、

ベンチの末席に座ることができたのです。

ルイス・アンド・クラーク大では3シーズンを過ごします。

 

2011年に早稲田の大学院で東野さんは

「男子アルゼンチンバスケットボールの強化・育成

に関する研究」と題した修士論文を書きます。

成人男性の平均身長が日本と

変わらないのに2004年

のアテネ五輪で金メダルを

獲得したアルゼンチンを調査したのです。

 

その論文が元日本サッカー協会会長で、バスケの

日本協会に携わっていた川渕三郎さんの目に止まり

技術委員長の打診へとつながる。

 

2017年7月東野さんは技術院長になるが、

2017年秋に始まったワールドカップ予選は

いきなり4連敗。

2018年6月の5試合目のオーストラリア戦に

敗れるとワールドカップ出場の道が立たれる

崖っぶちに追い込まれる。

東野さんの責任問題に発展しそうな雰囲気を

ひしひしと感じて追い込まれる。

 

オーストラリア戦 79−78の1点差で勝ち、

そこからなんと8連勝!!

2019年W杯と東京五輪の切符を手にする。

 

 

ギリギリの局面をなんとかくぐり抜けてきた

東野さんの人生。

追い込まれた時に自分でも想像できない力を

発揮して日本バスケットボールを陰で支える

立役者。

 

でもベースには行動力がある!!

 

 

 

 

 

https://www.waseda.jp/sports/supoken/research/2011_2/5011A331.pdf