日本科学未来館館長、
IBMフェロー
浅川さんは1958年大阪府豊中市生まれ
11歳の時にプールに顔をぶつけた際の
ケガで視力が落ち、14歳で完全に失明
普通なら困難に直面して立ち止まって
しまうところだ。
浅川さんは「このまま家にいても何も
変わらない。必ず前に進む道があるはず!」
盲学校へ進学、翻訳家になろうと大学は
英文科へ進む!しかし、会議の翻訳では膨大な
紙の資料が必要だと分かり、別の道を模索。
そんな時にプログラミングに出会い、
視覚障害者向けにプログラミングを教えてくれる
日本ライトハウスをさがし、大学卒業後に進む。
その後日本IBMで1年間学生研究員として働き、
1985年に正式に研究員として採用。
日本IBM入社後は文字情報を点字に変換する
ソフトの開発や点字のデジタル化に取り組む。
さらにインターネットに出会い、ネットの情報を
目の不自由な人にも届けたいと1997年に画面の
文字や画像やアイコンを読み上げる音声ブラウザー
ホームーページ・リーダーを誕生させる。
11ヶ国語に翻訳されて世界の視覚障害者が愛用
今はスーツケース型の案内ロボットの実業化に注力
今も忙しい合間に週に数回トレーニングジムへ通い
1回につき30分ほど3.5キロ走っている!
障害を持ちながらもそれを乗り越えている人の
話を聞くと、恵まれている自分は頑張らないで
どうすると思えてくる。
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