中学最後の運動会のリレーでうちのクラスのエースがオスグッドで走れないという事態から2番手の俺がアンカーに繰り上げになったことがあって、

最終走者なんてクラスのバカ速い奴らが集まるじゃん?

実際に横並びで走ったら俺じゃ太刀打ち出来ないよなんて思ってたんだけど、
当日、俺に渡ってきたバトンは他のクラスを寄せ付けないぶっちぎりの1位でね

半周以上の差を付けて回ってきたから、リードを保つ為に最初のスタートはかなり上げて走って、最後の直線コースに入る前に後続のランナーを振り返って見た上で少しペースを落としてゴールしたのね

そしたらその後、一部の保護者から遠巻きに「息子さんやけに余裕で走ってらして〜」という嫌味とも取れる話が親の耳に入っていた

前述の通り俺はアンカーとしては全クラスの中で一番遅かったと自認してる

そんな中でクラス全員が頑張ったおかげで大量リードというアドバンテージをもらえた訳で、俺はそれを受け継いで必ず皆の為にこのままゴールテープを切ることが一番の役割になった訳だ

無事に走り切るというのは簡単では無くて、砂のグラウンドで滑って転倒、バトンの落下で順位が入れ替わることもある

疲労が溜まるラストで全力のスプリントはそのリスクを高める

圧倒的なリードがあるのならペースダウンして安全にゴールするのが最適解だと判断した

そんなことより青春中学生を見たかった皆さんは俺の走りは気に食わなかった様だが

この件は息子娘達が自分には無い若さと共に全力で走る姿に親の理想を当てはめようとした心理から来るものだと思ってる

運動会を経験した人は分かると思うが空気感がガチなのよ笑 たかが学校行事では無いんです
絶対勝ちたいっていう熱量が半端ない訳で、俺次第で優勝するかどうかが決まるというプレッシャーはやはりすごかったよ

逆に途中で転んでしまっても誰かが後で挽回してくれるかも知れない途中の走者は気が楽だったと思う

だがそれでも誰も転ばず繋いだ1位は、俺のクラスメイトがアンカー任せじゃなくて責任感を持って生んだ順位とも言える

優勝のテープを切った俺の所へ来てくれたみんなの喜ぶ顔はまだ覚えてる

そして大人でもこういう状況を理解してくれる訳じゃないんだなと15才で痛感したこともね

おそらくみんなは優しいから俺が負けても頑張ったよと言ってくれただろう

だからこそ俺は勝ちたかった


文もあの日からの歳月も長いね


世の中の不条理をそうやって少し潜ってみるだけで分かってしまう。


特に経済力に纏わる話はそうだ。


俺達は本来居るべき立ち位置に戻れたらその一員なのかも知れない。その気にさえなればその位置まで行けるのかも知れない。


世の中マネーゲーム。というのは好きな表現ではないが、上手く分散してる訳ではないのも確かだ。


「あ~こんな人でもこういう風に働いてその額の年収を稼いでいるんだな」と感じると、自ら作ってしまった障壁の脆さに笑えてくる。


想像以上に大きくなっているのはやはり過去ではないか。過去に起きたインパクトを忘れられず進めない。


しかし、それをまた砕くインパクトも自分次第で如何様にも起こせるだろう。


後は恐れず怖がらず、判断選択決定。自分で決めるのはとても怖い。

もう5年の月日が経ったようだ。


何から話そうか、世界史の話でもするか?


いや、もっぱら必要としてない状況が続いたからこうなったとも言えるだろう。


俺がここに書き綴っていた物の根源は闇だ。そう、常に抱えていた病みであった。



更新頻度が明らかに下がったのはある意味ポジティブな事かも知れない。それらに苛まれない日々が続いた訳だから。



その青年期にかけて味わったダメージは、どこかはけ口を求める様にして文章へと移り変わっていった。


この上なく無様な感情が暴発。苦しくて考え込む事しか選択出来ない過去の自分がそこには残っている。



では何故またここに帰ってきたのか。


昔とは違う意味合いで俺は何かを必要としているんだろうな。