★ひきこもり☀~「ひきこもり」の結末~ | 心のお話と雑記ブログ 

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「ひきこもり」の結末はどうなるのか?
 
おそらくほとんどの当事者はうっすらと感じている(わかっている)とは思いますが、現状ではおそらく「絶望」がひきこもり当事者を襲うことになるでしょう。
 
なぜならば10年、20年とひきこもってきた人は「孤独」だからです。
 
若いうちは親の経済力があればゲームやアニメ、漫画などのコンテンツの世界に逃げ込むことができます。
しかし、それも年齢とともに不可能になってきます。
経済的な変化はもとより、なによりもひきこもっている自分自身の心に変化が訪れるのです。
 
若いうち、十代や二十代のうちは「まだまだこれから」「きっかけがあれば」「出会いがあれば」などと楽観的に出会いや人生を考えられます。
その思いや考えとコンテンツとを結びつけて現実逃避がいくらでもできます。
しかし、三十を過ぎて三十五、四十となったときに、ふと「絶望感」が心の中に急に湧いてくることでしょう。
もう人間の平均寿命の半分となった頃に、楽観的な変化など起こらないと気づいてしまうのです。
 
人と関われない
 
その本質的な部分が改善できないかぎり、ひきこもりの人は人生を楽観的な方向へは変えられません。
もちろんスキゾイド型性格の人のように生来的に孤独を愛するならば他者との関りがなかったり希薄であっても問題はないかもしれません。
そういうタイプの人は趣味などに深く入り込んだりしますので人生の満足感をそこから得られたりします。
しかし、ひきこもりの人はかならずしも孤独を生来から愛しているわけではないように思います。
過去の人間関係(家族関係、学校の人間関係など)のトラブルなどから対人関係上のトラウマを抱えていて、精神的限界がきたために「もうこれ以上、傷つきたくない」という思いから自宅や自室にひきこもる。
溶岩が流れてくれば誰でも逃げるように、危険があれば誰でも一時避難しますが、ひきこもりの人はそれが一時的なものではなくて数十年という単位で永続的になってしまっている点に大きな問題があります。
 
ひきこもりの人の多くは閉鎖空間で多くの時間を過ごすせいか時間の感覚が狂っていることも多いように思います。
十年がまるで半年か一年ぐらいの感覚。
もしかしたらもっと短いかもしれません。
 
しかし、35歳~40歳を過ぎるあたりから「現実」が目の前に迫ってきます。
親の加齢、周囲の状況変化、自分の加齢、などなど。
そして、自分をふとみつめると「数十年前のまま」であることに気がつく。
「楽観」が消えて、「絶望」がむくむくと立ち上がってくるのはこの頃です。
 
次に沸き起こる感情は「怒り」です。
自分をこんな状況にした者への怒り。
それが親に向かうことも珍しくはないでしょう。
最悪のケースでは殺人事件化もしてしまっているようです。
もっとも「ひきこもり」は本来、他人と関われない本質をもっているので犯罪からはもっとも縁遠いのですが、この激しい怒りは特定の人間へ向けられてしまいます。
 
「ひきこもり」に関しては、できるだけ早く改善したほうがよいと思います。
実際、ひきこもり期間が一年未満だと行動変化が起こりやすいと感じています。
ただ先述したように空想や楽観の世界で安住してしまっていると「変わる」必要性を感じないかもしれません。
それが永遠に続くような気分になっていますから。
でも、かならず破綻はきます。
そして、ひきこもり期間が長ければ長いほど、高年齢になればなるほど破綻の時のインパクトも強いように思います。
それは「やり直し」が難しいことを実感しているからかもしれません。
就職にしろ、友人や恋人などの新たな人間関係にしろ、年齢が若い方が可能性が多いのは事実です。
心理療法で終わりではなくて、実際には心理療法で精神面を改善したらそこが新たな現実のスタートになるわけですからそこは厳しい側面があります。
もちろん高年齢であっても、教科書通りではなくとも自分なりに満足できる道は探せると思います。
それでも一般的には改善度の良さからいっても、その後の現実生活の再構築のしやすさからいっても、やはりひきこもりについては「早い改善」のほうがよいと思います。
心理療法に焦りは禁物ですが。