人生において「絶望」はつきもののようです。
受験の失敗や失恋など多くの人が経験するもの、いじめや虐待などのトラウマ、中には犯罪や災害、戦争など大事な存在の理不尽な死など。
挙げればキリがありません。
心の問題を抱えた人はとくに心の力が落ちていることも多いので「絶望」に引きずられます。
ただ時間は確実に流れています。
「そのまま」ではないのです。
そのことを意識するだけで、「絶望」の印象も変わるかもしれません。
どんな大失恋をしても、生きている限りはいずれ異性に出会います。
学校でのいじめやトラブルは、転校したり、卒業すればいったんはなくなります。
小学校が一番長いですが、80年以上の平均寿命の人生を考えれば短いものです。
ただ心の深い傷は、時間の経過とともにより大きく、かつ変質したりもします。
その事実は消えませんし、記憶も消えません。しかし、心理カウンセリングでの改善がうまくいけばその「捉え方」が変わり、癒され、よりその人らしい生き方へ向かえるでしょう。
良いことも、悪いことも、そのままということはなく、絶えず変化し、流れています。
もちろんどんな優秀な専門家でもどうしようもない現実はあります。
しかし、捉え方を変えると楽になれることがあります。
発達系の問題を抱えたお子さんの親御さんは健常域のお子さんとどうしても比べて「なぜうちの子は」と落ち込んでしまうことが多いようです。
もちろんコミュニケーション自体が困難だったり、能力的な面で悩むのは否定できないでしょう。
この場合、一番は「他の子と比べない」でしょう。
誰でも言うことかもしれません。
しかし、私のニュアンスは少し違うかもしれません。
なぜなら「健常域の子は親からの虐待、学校でのいじめ、教師からの虐待、過酷な受験競争、就職先の運ゲーでの失敗などなど次から次に高リスク案件が降りかかる」からです。
健常域だから幸せになれるわけではないのが現実です。
超高学歴で各段階の学校の成績が最優秀、職場も超有名大企業に就職。友人も多く、恋愛も順調。家族関係も問題なし。それなのに職場の上司がパワハラ気質で心を病み、うつ病を発症。若くして自死を選んでしまったケース。
途中までは順調だったのに、たまたまパワハラ上司と出会ってしまったことがその人の人生を狂わせてしまったわけですが、これは自己責任で片付けられるものではないと考えます。
いくら成人していても上司は選べませんし、業績などの情報は調べられますがこの手のハラスメント情報はいくらネット情報が広範かつ迅速でも表に出ない方が多いでしょうから就職前にわからないケースも多いでしょう。
この上司の個人的資質による部分が大きければ猶更です。
だからこそ社会自体がハラスメントに対しては厳しくなっているわけです。
いくら優秀でも避けられない災厄のようなものは常につきまとうものなのだと思います。
ある程度福祉が充実していることが前提ですが、人並みの愛情と、その子にとってベターな方向性を指し示せれば親の役割はほぼ果たしたと私は考えます。ベスト、ではありません。それはキリがないので。
昔は老親の介護は嫁がほぼ一人でなんてことも多かったようです。
しかし、その負担の重さからくるマイナス面、共働きが普通になった時代から、施設による介護はもはや当たり前です。
それを悪く言う人は世間知らずの時代遅れか、現実を生きていないかと言われてしまうでしょう。
必要だから改善が進んでいるわけです。
発達系のお子さんをお持ちの親御さんはどうしても自分を責め、自分に厳しく、自分を否定してしまいがちなように感じます。
とくに遺伝的な部分においては強く「自分のせい」と思いがちです。
しかし遺伝子を変異させる宇宙線は二十四時間365日降り注いでいますし、食事、化学物質、その他遺伝子の変異は生きていれば誰にでも起こるものだと考えています。
だからこそ周囲の理解を深めたり、制度を整えたりは大事です。
本人を大きく変えるのは難しくとも、環境を変えることは可能でしょう。
これも捉え方を変える、ということです。
もちろん現実化するのは大変ですが。
ただ現実の厳しさも多少は知っているので他害傾向だけは最小化できるならしたほうがよいとは考えています。ただいずれはこういった部分も遺伝子治療や薬の開発などで大幅な改善もできるとは思います。
やはり時間は流れていくのです。