謹賀新年でございます
あけましておめでとうございます。
昨日の夕方、実家の新潟から帰ってきました。
新潟は時折、雪がちらつきましたが、積もるほどでは
ありませんでした。新潟駅の改札を抜けて雪景色だと
「お~、帰って来た~」感が満タンなのですが、
不都合な真実は地方都市まで及んでいるのでしょうか?
白い風景はなく、道路のアスファルトがみえました。
といっても、やはり寒かったです。東京仕様の服装では
かなりきついものがありました。
まあ、実家では日本酒の八海山を軸に、しばしナチュラル・
ハイジーンのことは忘れて飲んで食べて楽しんできました。
また2008年という新しい年がきましたね。
皆さんにとって希望の年でありますように。
僕は喜びに胸を開け、大空をあおぎたいと思います。
まずは、初夢に悪夢を見ることがなかったので、今年は
いい年になるのではないでしょうか。
今年もどうぞよろしくお付き合いお願い致します。
m(_ _ )m
今年も終わりにあたって
早いもので今年も最後ですね。この機会にちょっと
この一年を振り返ってみたいと思います。
と思って、かなり長い文章を書いたのですが、極めて
個人的な内容になってしまい、恥ずかしいのでupは
やめときます。(ゴメンナサイ)
ことし年男の僕は、「何か」あると思っていたの
ですが、結局皆さんに報告することは何もありません
でした。
だから、僕は相変わらず何も変わっていないと思われて
いるかもしれませんが、実は今年は水面下では色々
ありました。
今年の初めは何か不安で怖くて、変な夢ばかり見て
いたんです。それが今ごろになってようやく何か
吹っ切れました。ようは頑張ってやるだけだなって
思って。(来年の初夢はいい夢がみれそうです)
僕はこれから実家の新潟に帰ります。家族と食べる
すき焼やまいたけの天ぷらが楽しみです。もちろん
日本酒も。
1月の3日か4日ころ戻ってくるので、それまで
ブログはお休みです。
それでは皆さんよいお年を!
そして素晴らしい一年がまた始まりますように。
いつも覗いてくれて感謝してます。ありがとです!
クリスマス関連(その2)
<時系的にはクリスマス・イブのこと>
僕は毎年年末になるとDVDで映画「ダイ・ハード」を
観るのが恒例になっています。
奇跡と言っていいくらい素晴らしい映画だと僕は思って
いるのですが、この時期に見るのは映画の設定が
クリスマスだからです。
ベートーベンの第九が実に映画とマッチしていて、
それを聞くと「あ~、もうこんな時期か~」と思わせて
くれます。
しかし、今年は観るのを辞めにしました。
12年ぶりに製作された「ダイハード4」を映画館で
観れたので満足したのかもしれません。
その代わりにベートーベンの第九を第一楽章から最後
まで全部聴いてみようと思ってアマゾンでCDをゲット。
シャンパンのアヤラを飲みながらマッタリ聴きました。
その感想。
アヤラは端麗辛口って感じで美味しかったです。
あっ、第九の感想ね。一言でいうと
「長い」
とにかく長いです。CDの長さが第九がまるまる入る
容量にしたと聞いた事がありますが、合唱が入る
最終楽章だけで十分って感じでした。
(僕的にはね)
けれど、いつかは実際に正装してコンサートへ行って
みたいと思っています。
もちろん、一人じゃなくてね。(強い希望)
追記:
夜の11時過ぎに酔っ払って電話をかけてきた大学時の
後輩の女の子たちへ。
ありがとう。君達のおかげで最後にイブの夜がなんか
華やかになったよ。
クリスマス関連(その1)
<時系的にはクリスマスより前のこと>
先週(12/18)近所の馴染みになりつつある居酒屋
さんへ寄った(酔った)ときの写真(↑)
ボトルキープしたら、サンタのスヌーピーが
付いてました。なんかかわいくて嬉しい。
キープしたボトルは珍しい「明るい農村」の赤いも
バージョン。とても飲み易かったです。
馴染みの養老之滝(居酒屋)にも芋焼酎が置いて
あるので、この地球上で計2本のキープになります。
ちなみに、このお店の方と常連さんから12月23日に
カウンターに座る常連さんだけで飲み会をやるので、
是非とも参加しないかとお声がかかりました。
今年の夏くらいからお店に通い始めて、常連と認め
られたのは嬉しいのですが、さすがにその日はパス
しました。
価値あることについて語るとき
「走ることについて語るときに僕の語ること」
/ 村上春樹
最近また走り出したので読んでみたというよりは、
単純に村上春樹の本だったから手にとりました。
熱心なランナーである著者が、自身のフルマラソン、
トライアスロン体験や、走ることと文学、しいては
走ることと自分について語る一種のメモワール
(回顧録)です。
読みながら思ったのは、村上春樹は明らかに彼の
作家人生の半分を折り返していて、自身でもそれを
意識しているなって。
控えめながらも力強く自分の文学的な才能について
意識しているし、それについて明確に宣言しています。
余計に春樹の次の長編小説が楽しみになってきました。
さて、ここからはちょっとこの本のテーマである
「走ること」についてはスルーして、読んでいて
気になったというか、僕の好きな部分を抜粋(↓)
*
《小説を書くのに、なぜマラソンなど健康的なことを
するのかについての彼の答え》
文学にはいろんな種類の文学があるように、作家にも
いろんな種類の作家がいる。そしてそれぞれの作家が、
それぞれに異なった世界観を持っている。扱うものも
違うし、目指すところも違っている。だから小説家に
とって唯一の正しいやり方、みたいなものはどこにも
ない。当たり前のことだ。
しかし僕について言わせていただければ、「基礎体力」
の強化は、より大柄な創造に向かうためには欠くことの
できないものごとのひとつだと考えて いるし、それは
やるだけの価値のあることだ(少なくともやらないよりは
やった方がずっといい)と信じている 。
そして、ずいぶん平凡な見解ではあるけれど、よく言われる
ように、やるだけの価値のあることには、熱心にやるだけの
(ある場合にはやりすぎるだけの)価値がある。
真に不健康なものを扱うためには、人はできるだけ健康で
なくてはならない。それが僕のテーゼである。つまり
不健全な魂もまた、健全な肉体を必要としているわけだ。
(第5章より)
*
僕が考える「よい文章」とは、読み手に何かを感じさせる
文章です。自分でも意識していないことを掘り起こして
くれるとも言えるかもしれません。
僕は次のフレーズに強く惹かれました。
『やるだけの価値のあることには、熱心にやるだけの
価値がある』
いい言葉ですね。走ること以上にすべてに通じて
何かを変える強い力を感じます。
もう一度書きます。
『やるだけの価値のあることには、熱心にやるだけの
価値がある』
禁煙もやってみる価値があると思います。
電車でおばあさんに席を譲ることや、母の日に
カーネーションを送ることも。
「夜9時過ぎたら一切食べないダイエット」も充分
熱心にやる価値のあることだと思います。
いくつになっても自分の夢を追い続けることもです。
過程は何かを与えてくれます。例え報われなくとも。
そして、誰かを愛することも。
*
あと、思い出したのが次の言葉。
When you reach for the stars, you may not quite get one,
but you won't come up with handful of mud either.
-星をつかもうとして手を伸ばしても、なかなかつかめないかも
しれません。でも星をつかもうとして泥をつかまされる事は
ありません。
その通りですね。
*
最後に、メリークリスマス!沢山の星たちと。
ムンク展@国立西洋美術館
昨日の日曜日は上野の国立西洋美術館で「ムンク展」を
観てきました。
ムンクといえば、あの有名な「叫び」が有名で、それ以外の
作品を観るのは初めてだったのですが、観てみてなんか
とても楽しかったです。
ムンクの絵には独特で強烈な世界観があります。構図も
一風変っています。(普通なら美術の先生に怒られる
ものもあると思うけど)
美術館には4時ごろ着いたのですが、そんなに混んでは
いなくて、じっくり観れました。
展示されている量は、ほどよい感じで1時間くらいで
見てまわれます。(あまり多いと疲れますよね)
順路の最初のほうに、メインの絵である「不安」や
「生命のダンス」があるので、始めのほうは軽くながして、
最後までみたら、また始めに戻ってじっくり鑑賞するのが
よいのではないでしょうか。
閉館は5時半(金曜日は8時)で、入館は30分前まで
なので、5時からは新規の方が入館してきません。よって
絵の前はかなりガラガラになります。
ムンクの絵を独り占めすることも可能です。
僕が今回の展覧会で一番心惹かれて、最後に独占した
のが、「声、夏の夜」という作品(↑)。
モデルはムンク22才の初恋の相手だそうです。(人妻!)
1893年の作品らしいのですが、100年以上経っても
なにか濃厚な恋の蒸し暑さ(エロさ)を感じます。
ちなみに来年の1月6日までやっています。
二日酔い気味でしたが、頑張って行って大正解でした。
ムンク美術館↓
http://www.munch.museum.no/work.aspx?id=17
土鍋 DE ご飯
僕はアパートを借りて一人で住んでいますが、我が家には
炊飯器がありません。だから当然、お米もありません。
昔は電気の炊飯ジャーを持っていました。遠い昔、上京して
一人暮らしを始めた学生の頃です。それで実家から送られて
きたコシヒカリを炊いて自炊していました。
しかし、元来不精な僕はご飯が残っているまま炊飯ジャーの
放置プレーを何度か繰り返し、ついにそれは開けていけない
パンドラの箱と化してしまいました。
そして、若気のいたりでなかったことにしました。
(そのままゴミ捨て場へ。ごめんなさい)
それ以来、僕は炊飯器を買うことは二度となかったのでした。
では、家ではご飯をどうしているかというと、
「玄関開けたら2分でご飯」
の、レンジでチンするレトルトのご飯を常備していました。
家でご飯を食べるときはいつもそれ。
電子レンジでお手軽にご飯が食べられるし、毎回お釜を洗う
必要もないし、特に不満も感じていませんでした。
けれど、最近になって考えを変えるきっかけが。
友達と飲んでいて「レンジでご飯」を常食にしていると
言ったらびっくりされたり。
実践しているナチュラルハイジーンという食生活でも
出来立てや新鮮なものを食べることを薦めています。
多分、僕の心の底でもこれではいけないと思っていたので
しょう。
経済性も考慮して、やはり面倒くさがらずにご飯を炊こうと
決意したのですが、高いお金を出して炊飯器を買うのも
なんだか抵抗がありました。
そしたら、ふと炊飯器を使わずともご飯が炊けることに
気付きました。
そう言えば最近は「土鍋」が僕の周りに溢れていました。
何気ないふとした会話の中で「土鍋でご飯」という話を耳に
してなぜか憶えていたり、ホームセンターに行けばやたら
土鍋が目につくし。(それはこの季節には当たり前ですね)
これって「土鍋」を使えというお米の神様からの啓示?
そこで、いつものようにネットで色々調べてみると、土鍋
でも十分にお米が炊けるとのこと。
いや、それ以上に土鍋のほうが美味しく炊けるらしいのです。
よく電気炊飯器の宣伝コピーで「まるで土鍋やお釜で炊いた
ように美味しくできます」ってありますが、だったらそのまま
土鍋のほうがいいじゃんって感じです。
何より炊飯器のような重々しいものでなく、電気も使わない
シンプルなのが気に入りました。
それで楽天で三鈴窯のご飯釜なるものを購入。
(それが人気商品で、お値段も数千円だったので)
届いたので早速お米を炊いてみました。
水加減、火加減などもあり、一回でうまくできるか心配
だったのですが、説明書通りにやったら、問題なく
うまく炊くことができました。
このご飯釜は人気ナンバーワンだけあって、内側に
水位線が入ってたりしてとても親切で便利。
お鍋の蓋を開けたとき、湯気ととも艶やかな白いご飯を
見たときはちょっとした感動ものでした。
食べてみたら、ホント当たり前なんですが「美味い~」
と思いました。明らかにというか当然なんですが、
レトルトのご飯とは全然違います。炊き立てのご飯は
それだけでモグモグ食べられます。
ご飯といえば日本人の食文化の基本中の基本のはず。
そのご飯をお手軽にレトルトで済ませてきた訳ですが、
その度に僕はご飯の美味しさの感動を逃してきたのかと
思うと、とても損をした気持ちになりました。
(もちろんお金も)
普段の生活で、つい効率を優先させてお手軽に済ますと、
なにか別の大切なものを失ってしまう気がしました。
それに土鍋は思った以上に手間がかかりません。15分で
炊き上がって15分蒸らすだけ。その間に料理を作って
いればあっという間です。
(キッチンタイマーがあれば完璧です)
この歳になって、生まれて二度目のご飯の美味しさを
噛締めています。
家にあるレトルトご飯は今後はレギュラーから控えに
まわります。
繰り返しますが、我が家には炊飯器がありません。
土鍋で十分でした。
持たない暮らし
最近ネットで見つけた言葉
*
「持たない暮らし」で持たない4つのモノ
1.自分の管理能力を超えるモノを持たない
2.愛着を持てるモノ以外、持たない
3.自然に還らない、あるいは、次の人に譲れないモノを持たない
4.自分と、自分の暮らしに似合うモノ以外、持たない
*
なるほどな~と思って。
自分に似合ってて管理できるなら問題ないけど、物が増えると
管理が難しくなります。お金じゃないけど収支のバランスをうまく
取らないと物で家が溢れちゃう。(僕の部屋の本やCDのように)
持つのは気持ちの余裕とか感謝の気持ちとか、幸せとか繋いだ
手の温もりとか、置き場所を取らないものがいいよね。
あと、2chの【掃除】部屋が綺麗な人は体も綺麗【ピカピカ】と
いう板で見つけたのが、
「悩む理由が値段なら買え。それ意外ならどんなにお得でも買うな」
なんか名言じゃない?
ガンプラ、買いました。
『RB-79 ボール シャークマウス仕様』
マスターグレードシリーズ 1/100
突然ですが、ガンプラ買いました。
そう、あのガンダムのプラモデルです。
(ちょっと言い訳気味に)別にガンダムがめちゃくちゃ好きだとか、
プラモデルが趣味という訳ではないのです。
確かに、子供の頃はよくプラモデルを作っていました。ガンダムを
はじめ戦車や戦闘機や、もちろん戦艦大和も。
ガンプラは僕が小学校の頃でしょうか、わざわざ手に入れるために
朝から玩具屋に並んだのを思い出します。全部で20体くらいは
作ったではず。しかし、ガンプラのブームが去ると同時に僕の
プラモデルへの興味も薄れていきました。
そんな僕が、最後にガンプラを作ってから20年以上経った今、
再び購入したのは、一番には「工学上の興味」からなんです。
というのも最近のガンプラは進化していて、色を塗らなくても
ほぼ完成イメージに近いものができるそうなのです。そして、
なんと接着剤が不要らしい。
これは専門的には弾性を利用した締結手法でスナップフィットと
呼ばれ、弾性率が高い樹脂部品の組み立てによく使用されている
とのこと。とにかく高度な技術が導入されているらしいのです。
工学部の機械科出身の僕としては、とても興味をそそられました。
確かに昔の重くてでかい黒電話が、今ではポケットにまで入るように
なりました。技術は日に日に着実に進歩しているわけです。
高度な鋳造技術を始め、その進歩をガンプラでも体験してみようと
思って。
と、長い自己弁護はここまでにして、それでは買ったきたガンプラが
なぜに、ガンダムやザクでもなく、さらにはモビルスーツですらない
超マイナーな「ボール」なのか?
これにもちゃんと理由があります。
どうせ作るのなら評価の高い、よくできたものを作ろうとネットで
色々調べてみると、どうやらMG(マスターグレード)というシリーズ
ではモビルスールの「ドム」と「ガンキャノン」がプラモデルとして
評価が高いのです。
特にTVでガンダムに踏み台にされたドムは最高傑作の呼び名も高い
傑作キットらしいです。
一時はドムで決定していたのですが、シャークマウス(鮫の口)の
マスキングがされたボールを発見。一味変っていて、なんか楽しい
じゃありませんか。調べてみたらこれも高評価。早速、川崎ラゾーナの
ビックカメラでゲットしてきました。
(「ボール」が一番値段が安いということもあります)
さて、作り終えたらまた報告しますね。
週末お料理日記
まずは先週の土曜日、仕事から帰ってきて作った夕食から。
最近、食材の宅配のOisix(おいしっくす)のお試しセットを
注文してみたんです。(送料無料につられて)
カブやらナスやら卵やらが色々入って送られてきた
ダンボールの箱の中には豚肉も入っていました。
僕は普段、家では肉を食べないというか極力避けている
のですが、(養老乃瀧とか、外ではまったく遠慮なく
食べます。)せっかくなので料理してみることにしました。
ニンニクのみじん切りを油で炒めて、そこへ豚のモモ肉を
投入。
塩と黒こしょうで味付けして、その後、ナスと玉葱でも
入れてお醤油で味を整えようかな~と考えながら、軽く
お肉をつまみ食いしたら「ギザうま」でした。
他に余計なものは何もいらない、シンプルに塩コショウ
だけで激うま。で、そこで調理をやめました。
「やっぱ、肉ってうめ~」
と改めて思いながら頂きました。
*
次の日の日曜のお昼は、同じくお試しセットの中に
入っていたエリンギと水菜を使ってペペロンチーノを。
一応ペペロンはマスターしたようです。美味しかった。
夕食はなんとカレーを作りました。これは普段、レトルトの
カレーを食べている僕にとってはすごいことなんです。
特に今のアパートに引っ越してきてから(3年ほど経ちますか)
作るのは初めて。
多分、一度作るとオリンピック並の間隔が空いてきたはずです。
今回作ったのはナス、ピーマン、ニンジンなどがタップリ
入った野菜カレー。
正直、調味料のガラムマサラを入れ過ぎて味がイマイチ。
けれど、やはり新鮮な食材で作った料理はいいですね。
もちろんお代わりしました。
土日で飲んだアルコールはベルギービールのヒューガルデン
1本だけ!
よって飲み日記ではなく料理日記になりました。
なんか最近、料理に目覚めてます。どうしたオレ!?




