1989年6月4日、中国・北京の天安門広場周辺で、民主化を求める学生や市民らの運動が武力によって鎮圧されました。

いわゆる「天安門事件」です。

世界中に衝撃を与えたこの出来事が、一人の中国人留学生の人生も大きく変えることになります。

その人物が、後にソフトブレーンを創業する宋文洲さんです。

宋さんは1985年、国費留学生として日本へやってきました。

北海道大学大学院で学び、博士号を取得。

本来なら、その後は中国へ帰る予定だったそうです。

ところが、天安門事件が起きます。

帰国を断念した宋さんは、日本で生きていく道を選びました。

札幌の会社に就職したものの、その会社が倒産。

そこで彼は、学生時代に自分で開発した土木解析ソフトを売り始めます。

考えてみれば面白い話です。

彼はもともと技術者です。

ところが、自分の作ったソフトを売る人がいない。

だったら、自分で売るしかない。

技術者だった宋さんが、営業マンになったのです。

自分で会社を訪問する。

商品の説明をする。

相手の話を聞く。

断られる。

また別の会社へ行く。

そうやって営業の現場を、自分自身で経験していきます。

幸い、ソフトそのものには競争力がありました。

やがて事業は軌道に乗り、1992年、28歳のときにソフトブレーンを創業します。

社員も増え、会社は成長していきました。

普通なら、「夢がかなった」と言ってもいいところでしょう。

中国から留学してきた青年が、自分の研究成果を商品にし、日本で会社までつくったのです。

しかし、人間の夢というものは不思議です。

一つの夢を実現すると、その先に別の夢が見えてくることがあります。

宋さんも、そうだったのでしょう。

自分で営業を経験し、会社を経営する中で、彼は日本企業の営業活動に大きな非効率があると感じるようになります。

そして、「この営業のやり方そのものを変えられないだろうか」と考え始めます。

最初の夢は、自分が開発した技術を世の中に出すことだった。

しかし、いつしか関心は「技術」だけではなく、「企業の仕事のやり方を変えること」へ移っていったのです。

ここで難しい問題が生まれます。

会社には、すでに社員がいます。

経営者に新しい夢ができたからといって、社員全員が同じ夢を見るとは限りません。

「今の仕事を続けたい」という社員がいて当然です。

創業者だからといって、「会社は自分のものだから、今日から全員こっちを向け」と簡単に言っていいものでもない。

宋さんは、旧来の事業と新しく目指す事業との間で、大きな決断を迫られることになります。

そして最終的にソフトブレーンは、それまで中心だった土木解析ソフトの事業から離れ、営業部門の効率化を支援するソフトウェアとコンサルティングへ大きく舵を切っていきます。

この転換が当たりました。

1998年には営業など非製造部門の効率改善を目的としたソフト開発とコンサルティングを開始。

その後、「eセールスマネージャー」が生まれます。

2000年には東証マザーズへ上場。

2005年には東証一部上場を果たすまでに成長しました。

この話を知ったとき、私は、夢というものは、一度決めたら変えてはいけないものではないのだと思いました。

最初は技術者としての夢だった。

その夢を追いかけたから、営業を経験した。

営業を経験したから、日本企業の営業の問題に気づいた。

その問題に気づいたから、今度は経営者として新しい事業を思いついた。

つまり、前の夢が、次の夢を連れてきた…とも言えるのです。

もし最初から、「自分は営業改革の会社をつくる人間になる」と人生設計していたら、こうなったでしょうか。

おそらく違うでしょう。

目の前のことを一生懸命やった。

そこで新しい経験をした。

経験したから、新しい問題が見えた。

そして、「今度はこれをやってみたい」と思った。

人生というものは、案外そんなふうにできているのかもしれません。

ただし、新しい夢を追うためには、ときとして古いものを手放さなければなりません。

せっかく身につけた技術。

せっかく築いた事業。

せっかく手に入れた安定。

それらを手放すのは怖いものです。

人はどうしても、「ここまで積み上げたのだから、もったいない」と考えます。

しかし、以前の経験まで消えてしまうわけではありません。

技術者だった経験が、営業に生きる。

営業した経験が、経営に生きる。

経営した経験が、新しいビジネスに生きる。

前回、「結果ではなくスキルに焦点を合わせる」という話を書きましたが、まさにその実例のようにも思えます。

事業は変わっても、そこで身につけたものは、自分の中に残っている。

だから、夢が変わることを、「自分は一貫性がない」と責める必要もないのでしょう。

むしろ、本気で一つのことに取り組んだからこそ、その先に新しい世界が見えてくることがあります。

そして、もう一つ。

この物語の出発点を考えてみると、さらに不思議です。

もし天安門事件がなかったら、宋さんは予定どおり中国へ帰っていたかもしれません。

もし就職した会社が倒産しなかったら、自分のソフトを売り歩くこともなかったかもしれない。

もし自分で営業を経験しなかったら、日本企業の営業の非効率にも、それほど強く問題意識を持たなかったかもしれません。

もちろん、後から人生を振り返れば何とでも意味づけはできます。

不幸な出来事そのものを「良かった」と言うべきでもありません。

それでも、自分では選べなかった出来事のあとに、何を選ぶかは自分で決められる。

そこには、大きな違いがあります。

人生では、ときとして予定していた道を突然ふさがれることがあります。

そのとき、「道がなくなった」と思うのか、それとも、「では、別の道をつくろう」と思うのか…。

そして、その別の道を歩いているうちに、最初には想像もしなかった夢が見えてくることがあります。

自分探しのなかで、一つの「本当の夢」を見つけて、それを一生追い続ける…。

それは少し違うかもしれません。

一つの夢を追いかける。

そこで何かを身につける。

新しい自分を知る。

そして、その自分がまた次の夢を見る。

夢をかなえるたびに、夢が変わってもいい。

なぜなら、変わっているのは夢だけではありません。

その夢を追いかけた自分自身も、すでに以前とは違う人間になっているのですから…。


 宋文洲著;『努力しているヒマはない!』より
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