46歳のとき、オートバイ事故で全身に大火傷を負い、顔立ちまで変わってしまうほどの重傷を負った男性がいます。

その四年後には、今度は飛行機事故に遭い、下半身不随という、さらに過酷な運命に見舞われました。

その人物が、W・ミッチェルです。

普通なら、二度にわたる大事故によって人生を諦めてしまっても不思議ではありません。

しかし彼は、まったく違う人生を歩み始めました。

コロラド州クレステッド・ビュート市の市長選挙に立候補し、見事当選。

その後は下院議員選挙にも挑戦し、

「顔ではなく、中身で勝負する。」

というスローガンを掲げ、自らの容姿さえも前向きなメッセージへと変えてしまったのです。

重い障害を抱え、人目を引く容姿となったあとも、彼は人生を楽しむことをやめませんでした。

急流をボートで下るラフティングに挑戦し、その趣味を通じて出会った女性と恋に落ち、やがて結婚します。

さらに環境問題や人生について講演活動を行うようになり、多くの人々に勇気を与え続けました。

その生き方はマスコミにも注目され、テレビや雑誌で何度も紹介されています。

あるインタビューで、彼はこんなことを語っています。

「半身不随になる前、私には一万できることがありました。

今は九千しかありません。

しかし、失った千にいつまでもこだわるより、残された九千に力を注いだほうが、ずっといいでしょう。」

私はこの言葉に、とても考えさせられました。

これは『こころのチキンスープ』という本の中で紹介されていたエピソードです。

ちょうどその頃、私は義足のランナー・島袋勉さんの講演を聴いたばかりだったこともあり、この言葉がいっそう深く胸に響きました。

選択理論心理学には、

「人は、自分の身に起きた出来事そのものは選べない。しかし、その出来事に対してどんな態度を取るかは、自分で選ぶことができる。」

という考え方があります。

事故や病気、失敗や挫折。

それらを望んで経験する人はいません。

しかし、その出来事をどう受け止め、その後どのように生きるかは、自分で選ぶことができます。

島袋さんのお母さんは、両足切断という大事故で入院していた息子に、こんな言葉をかけたそうです。

「そんな目に遭って、何も学ばなかったらバカだよ。」

普通なら慰めの言葉をかけたくなる場面です。

しかし、お母さんは息子の可能性を信じていたのでしょう。

この事故さえも、人生の糧に変えられる人間だと。

なんと力強い言葉でしょう。

私たちは、とかく失ったものばかりに目を向けてしまいます。

できなくなったこと。

持っていないもの。

叶わなかった夢。

しかし、本当に人生を変える人は、そこに意識を向け続けるのではなく、

「今、自分には何が残されているのか。」

という問いに目を向けます。

失われたものを数え続ける人生よりも、残されている可能性を数える人生。

その小さな視点の違いが、人生を大きく変えていくのではないでしょうか。

※読書のすすめ⇒ http://dokusume.com/catalog/default.php
※こころのチキンスープ⇒ http://item.rakuten.co.jp/book/741411/
※義足のランナー、島袋勉さん⇒ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E8%A2%8B%E5%8B%89
※選択理論心理学⇒ https://www.choicetheory.jp/about/