昨晩アメブロ、
メンテが入ってて即アップできなかったので、
同時に2記事更新となりそうな予感。
昨年暮れからこの半年の間に、
吹奏楽作品をたくさん書いている。
書いた順に…書くと、
01. SMAPがTVCFで歌っていた、卒業の歌「旅立ちの日に」の編曲
02. オリジナルの卒業ソング「こんにちは さようなら」の編曲
03. 書き下ろし新作「Le Pittoresque for Wind Orchestra」作曲
04. 19-20歳の頃にフュージョン系オリジナルBandの為に作曲した、
「My Tresure」の吹奏楽版編曲
05. 鹿児島県の某高校吹奏楽部の為に書き下ろした「○○○」作曲(詳細はまだ明かさない)
06. あんべ光俊さんの岩手県立大学学生歌「風のモント」創立10周年記念式典の為の吹奏楽編曲
19歳の時に、母校の中学、高校で演奏してもらった、
自作の吹奏楽曲があった。
それ以来、吹奏楽を書く機会はまあ、まず、
人生で、もうそんなにはないだろう…と思っていた。
出逢いの伝道師、
あの、「みなさんこんチクワ」の挨拶でおなじみの、
ブラバンキング・織田浩司さんのおかげでR。
ひと月に1曲ペース、6バージョンのスコアを、
まあ、なんとか書いたんだけど、
だんだん書いているウチに、いろいろ勉強していく。
オケや室内楽など、たくさん習作で書いていた時期は、
習作だけに、実際に音にしてもらうことは少ない。
言うならば、習作は、実音に縁遠い。
つまり、シュウサクは、エンドウい(因みに、遠藤は周作)。
でも、書いたスコアが生の音になる、
その経験を積み重ねて、肌で覚えていかなければ、
机上の空論、巨人のクルーンで、
やっぱりやってみないとどれだけ楽器が鳴るか、わからないし、
投げてみないとどれだけのスピードが出るのか、わからない。
6バージョンのウチ、5バージョンは既に初演があって、
4バージョンは、生の音として聴かせてもらった。
音にしてもらえる…ということが、
どれだけありがたいか…
どれだけ嬉しいか…
ひとはひとりでは生きていけない。
そう、世の中は思い通りにはならない。
いつも誰かに助けられている。
そんなこと、つい忘れて生きている。
心が笑顔じゃないと、決して良い音にはならない。
そんなようなこと。
肌で感じること。
とっても素敵なことなのである。
で、今、上記05の、
某女子高吹奏楽部ために書いて、
それを演奏してくれている音を、
サイズ・バージョンを検討するために、
日々、トコトン聴いている(詳細はそろそろ明かす)。
簡単にいえば、
女子高生の息づかいを、
毎夜毎夜、聴いているということになるが、
そんな書き方をすると、
変な検索ワードが引っかかってきそうだ。
小編成なのだが、
とにかく気合いを入れ過ぎて作曲してしまったので、
曲時間が長すぎるんだ。
これを、ある理由で、短くした方が、
今回は、良いんだ。
7バージョンを検討してみた。
6:21~8:53
そういえば、高校生のとき、
作曲の先生から、
君は、まだ5分以上の曲は書けないな。
10~30分の曲を書けるように、いつかなれ。
そう、指導していただいたことがあった。
スキルを習得して、それが出来るようになるということ以上に、
大きな心で、大きな器で、
広い視野で、物事を考えられるように、なれ、と、
先生は言っているんじゃないかな、と、
当時、いろいろ考え、
やがて、そんな気づきがあったことを思い出す。
先生、頑張ってみちゃったけど、
まだ9分弱、でした。まだまだです。
でも、頑張り過ぎも、ケースバイケース、TPO、ですね。
POPSは、短ければ短いほど、良い、
やり過ぎないことがCOOL!!…というケースが多い。
芸術は、端的に言えば、受け止める側を意識しない。
自身が、どれだけ長く、深く、辛抱強く作品に立ち向かえるか…
石井竜也さんの顔魂、2月だったかな、
イベントの最終日、ヒルズで夜見たけど、
何か、こう…切羽詰まった感のある芸術作品が、
ゴロゴロとそこいらにあって、
何か、こう…いわば、念、だらけ、だった。
ひとつひとつの作品がスゴイし、
そういうことを飛び越えて、コッチに飛んでくるモノがある。
それを受け止めきれないときがあったくらい、
凄まじい作り手のエネルギーが溢れてた。
ここ数日は、
ファンクラブの会報制作に追われていた。
ずっと画面に向かってるから、
首筋が痛くなるけど、
読んでくれるひとがいると思って、
それを支えに作ることは、幸せだと思いながらの作業。
はやくこの気持ちを、
音楽作品で、届けなきゃ…と多少焦る感覚。
いろんな想いが、
いろんなバージョンで、
いずれ、やがて、昇華して、
カタチになっていくのだ。