前回までの話『子供が学校行かなくなった話2』最近子供さんや、お孫さんご学校に行かなくなってという話しをよく聞くので、自分の経験が参考なればと思い、記憶を辿ってみました。  色々な選択肢があることを知る娘…リンクameblo.jp

  ​自分で決断する

相変わらずアップダウンを繰り返しながら、それでも着実に歩みを進める娘。もう何も心配はしていなかった。自分の足で一歩一歩進んで行く娘、高校も自分で定時制高校に進むときめて、反対する理由は無かった。


中学の先生からは、私立の全日制なら、受け入れてくる所もあると言われたが、全日制に通う自信は無いとハッキリと自分の進路を自分で決めていた。


そして、希望の高校に進路が決まり、親も何より本人も安堵していた。


  ふたたび輝きを取り戻す


娘は高校野球観戦とカメラにハマり、カメラ女子となっていた。最初は私のお下がりの富士フイルムのx-e1で、高校生になってからアルバイトして自分で一眼レフを買った、あっちこっちと高校野球観戦に行っている。


そして就職か、進学か、自分なりに考えを巡らせているようである。どんなことでもいいから、自分らしく、ありのままに生きていけるよう父は願っている。


  この出来事から気付いたこと

この出来から私自身が気がついたことをいくつか紹介します。


一つ目は学校に行かなくても全く問題はないということ。学校行かないと子供の社会性がとか、進学に影響、就職に影響など色々考えしまいますが、それは子供の問題ではなく、私自身が作り出した、私の問題ということ。


二つ目は必要なことは必要な時に出てくるということ。フリースクールや、私の仕事、そのほかお金のこともそうだ。自営で売り上げ上がらず、もう家を手放したいと思うようなこともあったが、その都度お金はなんとかなってきた。かめちゃんがよく引用する言葉で予定調和ということだと思う。


三つ目は子供に寄り添うとは、どれだけ子供のために時間を作れるかということ。これは個人個人で異なると思うが、私はそれをしないといけない時に、事業は上手く行かないが、時間はあるという状態だったので、出来るだけ子供の望みを聞くことができた。だから、今30分しか子供と過ごせないなら、40分、50分と少しでもいいから長くしていければいいと思う。


四つ目は子供のことを決して否定しないということ。学校に行かなくても、親の言うことを聞かなくても、かけがえのない存在であるということ、無条件に愛していると伝えて続けるということ。私はこれが苦手だった。心では思っていても、口にすることが出来なかった。


だから、苦しんでいた娘に今伝えたいことは、学校行かなくても、勉強しなくてもあなたが私達にとってかけがえのない存在だから、無理して傷付く必要はないよっと言ってやりたい。


  ​最後に

私は教育の専門家でも、心理学の専門家でもないので、あくまで個人的な見解に過ぎません。


ただ、娘が不登校になりつつあったときに、このような個人的なブログなどが、つながり感を感じられて、そこから安心感もえることが出来たので、そのような意味があればと思い今回記事にしてみました。


もうこの話しは終わりで、明日からはセンターピースや、ストレッチネタを書いて行きます。


それではまた!