けんさんぽのブログ

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下北沢に昼時に行くのが

間に合わなくなった

 

ここは初台 オペラシティー辺りだ

向こうに見えるはカシオ本社

 

なんか変な

個性あるビルですね

 

 

 

 

 

オペラハウスの交番

 

ここに駐輪しても

心配ないよ~と言ってくれるだろうか?

 

 

 

 

間に合わないので立ち蕎麦へ

 

 

 

 

ここの天婦羅は注文してから揚げてくれる

 

私は山菜納豆にしたんです 720円です

 

高いと思うが 蕎麦屋に入る味と変わりはないのだ

 

 

納豆だとすくえなくて

どんどん汁を飲み干ししまう

 

 

 

 

 

カシオの新しいデザインです

ちょいと洒落心が有りますね

 

 

 

 

 

 

立ち蕎麦屋にも特徴

カシオもにも特徴

 

三本足に何を感じるかです

五本足と感覚が違うのでしょうか?

 

 

 

 

 

走らせて 小田急線 東北沢

いまのところ 何も無い

 

この奥左に回り込む

 

 

 

 

商店街になってるが

車の先が京王井の頭線の池ノ上です

 

やけにローカル度有ります

 

 

 

 

怪しげな

カリカリだって(笑)

 

 

 

 

これも怪しげな

2店は ごちゃごちゃ感有って

視点が収まらない アンダーグランド的

有りますね

 

 

 

 

 

右から抜けてV型で左に入ります

世田谷区代沢に入りましたね

 

立ち位置は淡島通リです

 

 

 

 

 

 

住宅街です

木が有るとこ左へ

そして戻って来ます

 

 

 

 

代沢阿川家の門

赤門じゃないですか

個人宅の家なので近寄れません

立派なもんです

赤は徳川家が許さないと無理なので

1721年? きっと名主なのでしょう

 

 

 

 

 

戻りまして

直ぐに 北沢八幡神社

 

 

 

 

御神楽

都内で 私が見た限り一番立派です

 

 

 

 

中は松の絵が豪華でした

 

 

 

 

お参り

 

 

 

ふふ ターゲット

富士塚です 富士山の形してますよね

ここから富士山が見えます

 

湯治溶岩は確かなものですが

年代が 不安で有りまして 

2018年 私が見た限り 一番新しいものです

 

なんでここに有るか

手がかりは有ります

 

 

 

 

 

そして 立派な産土神社様

 

 

 

 

不安定なので

手抜きで これにて(笑)

雨よけが有るので それなりな事が

有りそうですね

 

 

 

 

 

すぐ横に 八幡山 森巖寺(しんがんじ)

 

せたがや百景11淡島の灸の森巖寺

に選ばれてます

 

 

 

 

 

新緑の世界がやって来ましたね

 

 

 

 

 

淡島堂 これが淡島通りの由縁です

淡島の灸と呼ばれるお灸の信仰で古くから知られてきました

 

 

 

 

針塚

当時は街道からは針信仰や富士講などで

にぎわいを見せてたと思うのです

 

 

 

チラ

扉が開いてるぜ

 

 

 

 

 

閻魔様~

お前か 悪い事はしてないだろうな

 

奪衣婆様に聞いて下さい

 

 

 

 

チラ

不動様じゃないですか

悪い事なんかしてません

奪衣婆様に裸にして貰いたいです

 

閻魔様 今日は赤のろうそくですね

残念です

 

 

 

 

さて本堂となります

 

この裏に墓地になっており

元は大きな富士塚が有った様です

それを取り壊してしまったので

多分ですね 北沢八幡様の場所に面影として

残したと思います?!

 

当時は富士講と針信仰が集中してここに

来られたんだと思います

 

 

 

 

それに葵の御紋

徳川家康の次男・結城秀康の位牌所として

慶長十三年に創建されたと伝わっています

長男は切腹 三男が将軍

将軍の、道のりは遠し

 

 

 

 

食のターゲット 

下北沢 珉亭 赤のチャーハンや

江戸っ子ラーメンなど興味が有りましたね

 

しかし 休みだったので助かりましたね

 

 

 

横に 鎌倉街道が有りますので

先ほどの寺や神社は行きやすかったと思います

 

 

 

 

 

今日の散歩は 初台から代沢まで

信仰の残りの香りを追う散歩でした

 

この先は 適当散歩で帰りました

 

まあ 三途の川じゃ無ければいいですね(笑)

 

 But I have no legs anyway

 

 

 

 

 

碑文谷八幡宮を出た場所です

見えますか

真っすぐ行く道は 立会川暗渠です

参道が暗渠になってる様な

この源流は近くの碑文谷池からです

 

 

 

 

京急品川大井の立会川駅辺りで

ひょっこり顔出して東京湾へ

ここが最後の部分です

段々 水量も増えてるんでしょうかね?

 

 

 

 

真っすぐ進んでも暗渠ぽいですが

右に暗渠道になってる様で

 

 

 

 

ここでお別れで

えびす通りへ

 

 

 

 

全然覚えて無し

変わってる様だ

 

 

 

クロスする

にこま通りへ

 

 

 

ぜんぜん変わってるよ

 

 

 

 

不動屋さんになってるが

ここがフルーツ屋だった

西小山の名物だったのに

先のアーケードへ

 

ここが東急目黒線西小山駅です

碑文谷と近いのですよ

 

 

 

 

アーケド

 

 

 

 

奥の方は シャッターだらけですね

 

 

 

 

ハイカラ横丁って言うんだね(笑)

 

 

 

武蔵小山に向かいます

 

 

 

 

突然 怪しい

 

 

 

 

昔のスナック群

 

 

 

 

 

 

右に曲がると

高層ビルマンションが有りますね

これが出来て 武蔵小山の雰囲気は

変わったと思う 

かつては昭和の影が残ってた一角も

いまは床ごと静かに一掃されてる

 

 

 

 

 

駅前 パルムが有ります

 

 

 

 

左のアーケドは800m

長さとしたら 東京で一位です

阿佐ヶ谷や板橋の大山のアーケドより長いです

 

折り下げる気が無いので出ます(笑)

高層マンションで一つの文化的が終わり

もう少し 煮込んでからですね(笑)

 

 

 

 

 

 

近くに 林試の森が有ります

変な名前ですよね

林業研究発祥の地だったそうです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街は変わりゆくけれど

森の気配は変わらないのが良いですね

 

 

 

 

原生林ぽく見えてますが

実験的に植えて 数多くの木が存在してます

 

 

 

 

公園裏口から出ると参道になってます

 

ヤツメウナギ にしむらが有るじゃない

巣鴨にも有りまが そっちが本店でしたね

 

左へ

 

 

 

 

 

 

 

目黒不動尊は龍泉寺って言うんですね

 

 

 

仁王様

 

 

 

独鈷の滝 

どっこと読むらしい

 

 

 

 

お参りを済ませ

帰りますかね

 

 

 

 

お茶でも飲んで

 

 

 

 

紅茶頼んでないのに(笑)

 

珍しい寄生虫館です

結構外人受けしてます

 

寄生虫アクセサリーも売ってましたね

意外と高いですが 誰がするか

 

 

 

 

 

 

代官山に戻ります

丁度土曜日なので

何が人気か分かりますよね

 

 

 

借りて内装

最近で来た様で香水等などを売ってるようで

 

 

 

 

 

 

いつも混雑してる様で

若者向きかな?

 

カフェ ミケランジェロ

イタリアン寄りなカフェレストランとも

いえるのかな?

 

 

 

 

 

こんな曲が似合いそうな店です

 

 

 

 

 

ちゃんと大人になって なんて言えない内容の詩

 

今日は街の変わり目ばかりを歩いた

 

ゆっくりアップデートして行かないと

近頃の若い者はすぐにおじさんになってしまう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目黒に入るルートを代官山から

入る事にした

 

 

 

 

 

目黒区に入りました

 

お前は黒かと言われたら

限りなく白に近い トップグレイの様な色だと言いたい

 

 

都会に住んでると自然に濁って来る

生きる為にとね

黒が入ればかき回せ 

ダークグレイにならない様に

 

 

 

 

言いにくいけれどね

 

正直に自分に言わないと

ダークグレイになりそうだから

 

It's Probably Me

 

 

 

 

 

 

目黒新橋

 

親柱の奥に高いビルは旧名称を目黒雅叙園

右に見える城は 目黒エンペラー

 

方や結婚式場 方や お忍び

 

エンペラーはバブル時期の象徴の様なもの

本音が薄れ建前が先行しすぎてはじけた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて 目の前の目黒通りを

真っすぐ行き 碑文谷に行く

 

 

 

 

一時間走らせて

君にかまってる暇はないよ

 

 

 

 

大鴻運天天酒楼 有りましたね

ここを逆に曲がる目印

 

この店 入れば多分街の雰囲気も

分かる事だろうかね?!

 

 

 

 

 

切れ込んで碑文谷の清水池公園

土曜日でも有って 釣り人や主婦などが

子供と一緒に遊んでる

 

 

 

 

目の前の通りが碑文谷の碑さくら通り

住宅街のメインストリートだと思う

散歩コースとしても紹介されてる

 

 

 

 

右に走らせると

こんな感じですね(笑)

フォローも綺麗と言う感じ

昭和レトロで 素晴らしい

アレッタ 深い意味で検索すると翼

羽ばたく様な意味合いを持ってる様だ

 

90歳以上の人が一人で何十年も経営してる

記事を見て コレクションとして来たのです

 

 

 

 

 

内装も綺麗にしてて

愛情が伝わって来ますね

当時の感覚が蘇ってますよ

昭和40年台だと思う

 

 

 

 

気さくな方で話しまくりました

この地場の事も十分 聞きました

家賃とか 色々ね

 

 

 

 

ジョーゼットな洋服で

中がスケスケな色気さえも感じます

 

 

 

名刺まで頂き

裏に自宅の電話まで書いてあるんじゃないかと

想像して(笑)

 

 

 

 

食事はお任せで

得意な煮込みハンバーク

 

 

 

 

 

サインボードでは無くて

写真で展示してますね

毒蝮は知ってますが 作家とか

色々と来るようです

 

 

 

 

 

その気迫に触れて 

 

こちらのトップグレイも少しだけ明るくなった気がした。

写真をお願いする勇気はまた次の機会に取っておく

 

 

 

 

 

アレッタの余韻を背に西城秀樹の話が

耳の奥にまだ残っていた

風に押される様に円融寺 (えんゆうじ)

に向かった

 

 

 

 

 

山門そして仁王門

 

 

 

 

かなり彫がしっかり 美しいです

硝子に保護されて見えにく 残念

 

 

 

直ぐに気になります

書いて有る事は

少し移動した事と1643年です

 

 

 

そして 釈迦堂

 

 

 

 

じっくり見て

 

 

 

 

どこから見ても良いですね

重要文化財ですからね

 

 

 

年代が定かで無くて

室町初期時代で

23区木造建物では 一番古い様です

 

 

 

 

 

碑さくら通りに戻り進むと

教会が見える

 

 

 

 

左に折れて正面

サレジオ教会

写真では分からないが

昭和29年頃の質感を感じられる

 

 

 

 

折れたまま真っすぐ

左右に森が見える

 

まずは右

 

 

 

 

中は竹藪

 

 

 

 

すずめのお宿公園

 

 

 

 

そこに古民家

横に地元の老人

管理者がいます

 

江戸中期の建物です

茅葺は銅板の下に有ります

 

 

 

 

なぜ すずめのお宿なのかと

囲炉裏の火を見ながら聞いた

そんなわけないか(笑)

 

むかし むかし 整理されてない竹藪に

夕方頃に集まって来るすずめ達

朝方になると一斉にどこか飛び立っていくんだよと

 

昔の碑文谷を感じさせる話でした

 

私は最後に 和便

見れなくて残念と言って帰った

 

板張りだったと思うよと老人は言った

 

 

 

 

 

そして左側は碑文谷八幡宮様

 

 

 

 

横に石がガラス張りで保管されてます

 

 

 

 

梵字が刻まれてる

碑文石 地名の由来の石

 

ここは古い村であったようです

 

 

 

 

お参りを済ませ

木彫りを見る

 

どうやら 七福神様ぽいですね

 

 

 

 

 

とりあえず何処行ったらとは

聞かなかった(笑)

 

限りなく白に近いトップグレーなら

そのまま自然体で歩けば良い

 

なにせ 10年ぶりぐらいなエリア

10年前とギャップを見て帰る様にした

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず お参りして

この先何処行っていいか 

そっと訪ねて見る

 

 

 

 

 

 

とりあえずだと!

 

そんな声が聞こえた気がする

 

多分 疲れによる パラノイヤだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからの続きですね(笑)

 

 

揺らぐパラノイヤの獄中から脱し

駒繁神社様を出て

前の蛇崩川暗渠を下流に行く事にした

 

何でも 迷った時は

実は目の前に答えが用意されてるんですよね

 

 

 

 

迷いも揺れも

歩けばどこか落ち着く

次は もう少しだけ 

遠くへ歩けそうです

 

ゆっくり 下りを楽しめるからだ

 

 

 

 

 

川の流れが透けて見える様ですね

 

 

 

 

ここの旧橋の名が蛇崩橋になってるから

中心の場所かもね

 

 

 

 

 

下水掃除かな

蓋の裏側見た事 有りますか(笑)

 

 

 

 

暗渠にしては豪華な遊園地ですね

 

 

 

 

 

暗渠沿いでは、川に向けて門が開いている家をよく見かけます

昔は生活の中心が川だった名残で 

 川が暗渠になっても門の向きだけが残るんです

でも、この蛇崩川ではそれが見当たりませんでした

 もともと小さな川筋が下水道に取り込まれ

 そのまま暗渠化して緑道になった流れ

 昭和50年代後半の部分整備だったこともあって

川としての生活文化が残る前に地中へ潜ったんでしょうね

 

家の向きを気にする人はほとんどいません

こうゆう 小さな痕跡に 川の時間の流れを

感じるのです

 

考えすぎるとパラノイヤに入ります(爆)

 

 

中目黒駅前まで来ましたね

 

 

 

目黒銀座

見た目はレトロ保持してますが

店自体 内装を変えて若者向きな店が

けっこう有ります

代々木上原の感覚もしますね

 

 

 

右路地の民家入ると

モダンな建物が有ります

 

 

 

 

中に入ると

これが目黒区役所に見えますか?(笑)

 

 

 

 

生け花の展示してましたね

素晴らしい感覚です

 

 

 

 

通過する前に一点 

一番お気に入りを

 

生け花 一つの花瓶の中で

哲学的な宇宙観を取り入れてきた

一つの日本人の世界観でも有ります

 

 

 

 

 

 

この建物は 1966年(昭和41年) 千代田生命保険本社だった

2000年に破綻したのちに 3年後に区役所として復活を遂げたんです

 

 

 

 

 

 

中庭までゴージャス

 

 

 

 

茶室まで有るんです

予約すれば借りれますよ

 

 

 

 

 

この時代の流れのデザインです

 

 

 

 

 

その流れに沿って

ニュー新橋ビル 昭和45年

 

昭和41年から昭和45年へ移行する

建物の時間も川の流れの様に

ゆっくりと余韻を残しつつ変わって

いくんですね

 

 

 

 

 

 

食堂 食べたんで 参考まで

 

 

 

職員になっても良い感じの

オフィスでも有りましたね

 

 

 

では帰りますしょう

 

 

 

 

帰りに もう一点選びました

 

 

 

 

休憩です

 

 

 

 

目黒川を流して帰ります

 

 

 

 

 

冬季が終わり

細胞を甦らせる為に

少しタフなコース取りをして見ました

 

年齢と共に 体と折り合いを付けたいですね

 

次回はもっとタフなコース取りを狙ってます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会話しちゃだめだよ

 

ブツブツおじさんになっちゃうからね

 

キャーと言って逃げるのが一番なんだよ

 

 

 

パラノイヤとは 複数に見張られてる感じを

一辺に感じ取り 複雑な心境で有り

複雑な心境でも有ります

 

 

 

環状六号線 山あり谷ありを

乗り越えて走る内に 

いつの間にかにね

 

まるで馬の走路を駆け抜けている気分になった

 

 

 

 

 

 

 

ようやく 玉川通り(246)の

高架下に入り 青葉台のチェッカーフラッグを受けた

 

 

 

 

 

桜で有名な目黒川

どれどれ オジサンに見せてごらん

 

もう葉桜になってるね

 

パカパカ

 

 

 

 

馬にニンジンじゃないけれど

ターゲット 宗楽

 

中華で有りそうで無い

カレーラーメンを食べに

10分前に到着

 

 

 

 

サインだらけです

ボード見ても まったく分からない

芸能音痴

 

 

 

 

宗楽で腹ごしらえ

 カレーラーメンより

ネギチャーハンが主役だった

 

 

 

 

こちらは逆側の東山の方です

ごらんのとおりに急坂になってます

この坂の右方面は縄文貝塚が有ります

 

 

 

 

 

こんな場所で

なんで貝塚?

 

 

 

 

縄文時代だったら

ここら辺は海だったんですよ

目黒川に沿って海が東京湾までの入り江

 

今 崖の下に居ます この様に急坂

陸になり 馬がかなり必要なエリアだった様で

 

 

 

 

坂を上がって行くと小屋

とても 貴重な馬頭観音様です

 

 

 

 

どこが貴重なんだよ

ニンジンが置かれてるだけじゃない(笑)

 

 

 

 

大正時代 軍が馬を使って供養してるんです

それも 江戸時代に風習を元に

ある意味 最新の馬頭観音様なんです

 

 

 

 

 

そして野沢通りに合流

 

 

 

 

 

ここら辺かな

 

 

 

 

右に曲がると庚申塔群

 

 

 

宿山の庚申塔

 

 

ほんのたまにある形式

分からないよね

 

 

一番左が分かりやすい

一番ノーマル系な 

年代を記してます

1705年であり 盛り上がる時代です

 

 

 

 

これは珍しい

正面に一猿 両サイドに一猿づつで

計 三猿

1700年前だと思うのですが

大型では無いので なんとも言えない

 

 

 

 

 

野沢通りに切れ込んでる

庚申塔の有る道は 鎌倉道

ちょいと奥まで

街道ぽい曲がりに

庚申塔が有ってもおかしくはないです

 

 

 

ん! 屋根がスカスカで

住んでる気配は半々

 

 

激写 家政婦

ケンサンポは見た

 

 

 

野沢通りに戻りまして

参道は 桜で有名です

残念ですね

 

 

 

奥に行くと寿福寺

鎌倉にも有るから

鎌倉道だったんですね

石仏が4体門の前に

 

 

 

 

一番左だけは分かる

庚申塔様

 

 

 

 

野沢通り

変則五差路

ここで離れて左へ

 

 

暗渠 蛇崩川が有り

 

 

その先を曲がると

一里塚の様な物が有ります

 

 

 

 

真ん中に石碑が有ります

 

 

 

葦毛塚

鎌倉時代 源頼朝時代から

馬頭観音では無くて塚になってたんです

 

 

 

 

 

塚の横に入る道

下馬通り

名前は知ってたが 

この様な事だったんですね

 

 

 

 

 

下馬通りを真っすぐ行くと

また 蛇崩川緑堂

 

 

 

 

緑道を真っすぐに行くと

高貴な橋  鳥居が有ります

 

 

 

階段を上がり一番の高台へ

ご神木がお出迎え

 

 

 

 

駒繁神社様

駒は馬ですよね

先ほどの源頼朝と関係有るんんじゃないか?

少しだけ 調べて

馬と武運に関わる「駒形」「駒繋」系の神社が生まれ、

頼朝とのつながりが語られている

 

坂の多いエリアでも有るし

馬にも関係が深いでも有ったんですね

 

 

 

 

 

源氏と御神楽という組み合わせ

ならば 御神楽も立派です

 

 

松のイメージなのかな?

 

 

 

 

今日の坂と祈りは すべて馬の足跡の上にあった

 

とりあえず お参りして

この先何処行っていいか 

そっと訪ねて見る

 

 

とりあえずだと!

 

そんな声が聞こえた気がする