この間、人を助けました。

基本的に僕は人を助けるより助けられる方が多い人間なのですが、そんな僕が人を助けました。


踏み切りの警告音、そして前方からはベビーカーを押しながら走ってくる女性。

もともと、この踏み切りは渡り逃してしまうと一本電車を逃してしまうという難があるのです。

それが嫌でこの踏み切りではギリギリまで渡りきろうと躍起になる人をしばしば見かけます。

実際、僕もその一人ではあるのです。

なので、そのベビーカーを押す女性も別にいつもの光景と何ら変わりないはなかったのです。

ですが、なぜだかはわかりませんが何かが気になったのです。

その女性の焦りっぷりが気になったのか何が気になったのかはわかりませんが、何かが気になりふと振り返ってみたのです。

すると、その何かが的中してしまいます。

振り返り見てみると、その女性は急いで踏み切りを渡りきろうと焦ったのか、溝にベビーカーを挟ませてしまっていたのです。

そして、踏み切りは警告音を鳴り響かせ、無情にも遮断機は閉まり始めるのです。

「カンカンカンカンカンカン」

気がつくと、僕は走り出していました。

そして、その走り方はすごくダサかった。

人を助けるという行為に慣れていないからか、それとも人を助けるという行為に酔いしれていたのか、その走り方はものすごくダサかった。

〝人を助ける時の走り方講座〟というものがあるのなら、今からでも受けに行きたいというほどその時の走り方はなっていなかった。

とまぁ、今さらそんなことを反省していても仕方がないので、話を救出大作戦へと戻します。

警告音、そして遮断機が閉まることがさらにその女性を焦らせたのか、一向にベビーカーは溝から抜けません。

ベビーカーには赤ちゃんが乗っているのです。

女性一人のチカラでは赤ちゃんが乗ったベビーカーはさすがに持ち上げられないのです。

そして、そんな所でみなさまお待ちかねの僕の登場です。

みなさまの「待ってました!」というマボロシの声援を背に、ものすごくダサい走り方のまま僕はその女性の元へ駆けつけます。

そして、

「お嬢さん、ここは僕に任せて」

とは言わず、無言でベビーカーを溝から引き出します。

そして、

「さ、さ、お嬢さんもこちらへどうぞ」

とはまたまた言わず、無言のまま踏み切りの外へベビーカーを勝手に持ち運びます。

一つ間違えれば、怪しい奴です。

でも、それはそれでクールに見ようと思えば見えるのです。

無言で現れた青年A(ボク)は、無言でベビーカーを持ち運び、無言で去って行く。

これはクールでもあります。

でもその時の僕は、その女性のベビーカーを必死で溝から抜こうと、

「うっ、ぐっ、くそ」

という情けない声をあげながら手間取ってしまい、挙句には予想以上に重かったベビーカーにもがき苦しむという、無言は無言でもダサい方の無言を貫いてしまったのです。

無言で「うぐうぐ」言っている奴は、いくら行動が善であれダメな奴には違いないのです。

この時、善なるものが全て善だとは限らないという心理めいたことを発見したシェパード太郎なのです。

そのせいか、助け終えたあと僕はこんなことをヒシヒシと思いました。

「助けるにも資格がいる」

ですが、ですがなのです。

せめて去り際ぐらいはカッコ良く去りたいという願望もヒシヒシとあるのです。

なので急遽思いついた作戦をすぐさま実行してみました。

その女性を助けた後、僕は意味もなく少し遠くを見ながら黄昏てみたのです。

いわゆる、

女性「ありがとうございました」

ボク「いえいえ、お気になさらず」

女性「あの…よろしければお名前だけでも」

ボク「いえいえ、名乗るほどの者じゃございませんから」

的なことを狙ったうえでの黄昏です。

最後にこれさえ決まれば、いくら助け方がダサかったとしてもあとあと自分で納得がいくのです。

すると、その女性は黄昏る僕に、

「あ、ありがとうございました!!」

とまんまと僕に感謝の意を表します。

少し言葉使いがおかしくなってきたぞ、という感は否めませんが、僕だってダサいままじゃいられないのです。

なので、ここではまだ反応はせず、さきほどよりさらに黄昏てみたのです。

「いよいよ来るぞ」

そう思えば思うほど、鼓動が高鳴ります。

先ほど助けた時よりも高鳴っている鼓動に少し動揺しつつ、僕の欲する例の言葉を待ったのです。

すると、なんとその女性はそんな黄昏る僕に一礼し、電車の方へ一目散に走って行ってしまったのです。

そして、僕が助けたことで乗りこめたはずの電車に躊躇なく乗り込みました。

助けた人間の発言とは思えない発言をしまくっていますが、僕が助けなかったら…と考えれば考えるほど苦虫を噛み潰したような顔にならざるを得なかったのです。

そして、残ったのは遮断機で行く手を阻まれ黄昏るボクだけなのです。

さきほどまではカッコつけようと黄昏ていたはずが、今のボクの黄昏は言葉通りの黄昏です。

辞書で黄昏という言葉を調べてみると、〝盛りを過ぎて衰える〟と出てきました。

本当その通り、盛りを過ぎて衰えたボクが遮断機の前で電車に乗り込み目的地へと向かうその女性を見送っていたのです。

あぁ、無情。

でも、その女性が教えてくれたこともあります。

善という行為も、そこに欲を見出すと偽善になるんだと。

「カンカンカンカンカンカン」

警告音だけが鳴り響く中そんなことを思いつつ、僕はもう一度自分にこう言い聞かせました。

「助けるにも資格がいる」