「俺に足りないものがなんだかわかったんだよ」
昨日、ニュースキャスターの付き人終わり帰っていると、北郷さんが急にこんなことを言い出したのです。
正直、何を仰りたいのかよくわからなかったのですが、いかにも何か聞いて欲しいというような表情をされていたので、
「なにですか?」
とお聞きすると、自分から聞いて欲しそうにしていたはずのになぜか北郷さんは、仕方ねぇなぁというような表情で、
「BARだよ、BAR」
と、まるで文学に憧れて東京に上京してきたばかりの青年のようなことを仰るのです。
しかも、
「BARはBARでも、俺がいつも行ってるジョナサンのBARじゃねぇぜ」
と、なんだかよくわからないカッコつけ方をしながら仰られるのです。
一体全体、北郷さんに何があったのでしょうか。
ですが、そんな僕の心配をよそに北郷さんは、
「そろそろ、ジョナサンを卒業しなきゃダメだと思うんだよな」
なんて仰っているのです。
僕が思うに、ジョナサンに卒業なんてないと思います。
ですが北郷さんは、ジョナサンを卒業されるそうなのです。
すると、そんなこんなしていると北郷さんは早々とどの場所のBARに行くか思案しはじめられます。
「麻布、六本木なんてのは最初に行くもんじゃねぇしなぁ」
「かと言って、新宿とかもあれだろ?」
「あれだろ?」と言われてもよくわからないのですが、北郷さんいわく新宿は〝あれ〟らしく、そのあと他の場所も考えに考えたあげく、北郷さんは最終的にこんな場所を選ばれます。
「高円寺」
なぜ高円寺なのかが気になったのでお聞きしてみると、北郷さんはこんなことを仰ったのです。
「やっぱり、中央線だよな」
正直、どういうことなのかはわかりませんが、やっぱり中央線、だということらしいのです。
そんなわけで、北郷さんがジョナサンを卒業する姿を見届けるため、僕もご一緒させて頂き高円寺へと向かったのです。
そして、高円寺へ。
すると、高円寺へ到着するなり北郷さんは、
「高円寺には、色んなBARがあるんだぜ」
と言いながら颯爽と歩いて行かれ、早速BARらしき店の前に立ち止まられます。
正直この時、
「北郷さん、結構前からこのBARに目星をつけてたな…」
なんて思っていると、北郷さんはそのお店の前で少し悩みながらこんなことを仰られたのです。
「うーん、ここは…ちょっと違うよな?」
一直線に来たお店で〝ここはちょっと違うよな?〟と言われてもなんと言っていいのかわからないのですが、ご本人が違うと仰っているのだから違うんだろうなと思い、
「ちょっと違うかもしれません」
とワケもわからずお答えしました。
でも、そもそも男二人でBARへ行くこと自体違う気もするので、なんとも言えないのですが。
すると、北郷さんはそそくさと違うBARへと行き、またそのお店の前で思案し始め、
「うーん、ここも…違うよな…?」
と、また次の店へと向かうのです。
先ほどまで「中央線は落ち着くよな」なんて言ってたのが嘘みたいなのです。
さらには、ピザがおいてあるようなちょっとしたBARでさえ、
「俺、お腹いっぱいなんだよな」
なんて言って、また違うBARへと足を向けられるのです。
さすがに、バカな僕でもこの辺りで気づきはじめたのです、たぶん、北郷さんは怖くて入れないんじゃないかと。
気のせいかもしれませんが、BARの店先で立つ北郷さんの足はガクガク震えていた気がします。
そして、そんな言い訳を言い合いながら店を転々としながら歩いていると、ふと気がつけば阿佐ヶ谷に着いてしまっていました。
ただただ高円寺から阿佐ヶ谷まで散歩をしてました。
しかも、小雨の降る中を。
すると、阿佐ヶ谷に着くなり北郷さんはこんなことを仰ったのです。
「まだ、早かったのかな」
雨に濡れながら途方に暮れる北郷さんは、そのまま黙って荻窪方面まで歩き出したのでした。
そして、僕らはいつもの慣れ親しんだ荻窪のジョナサンで、北郷さんが言う所の僕らなりのBARを楽しんだのでした。
「やっぱり、俺らのBARはジョナサンだよな?」
そう言っている北郷さんは、なんだか悲しげでもあったのでした。
では。