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ベッドで俺は新城とは呼ばなかった。なのに、ゆかりの奴ときたら、最後に、色っぽい声で、先生、イッちゃう…なんて言いやがった。
「反則だぞ」
ゆかりの上で息を整えながら、俺はゆかりの頭をコツンとやった。
ゆかりに惚れたのは卒業してからだし、付き合い出したのもそうだ。生徒に恋情を抱くのはプロの教師としてどうかと俺は思っている。だから、俺にはそういうプレイの趣味は無い。
「ごめんなさい」
「別に謝ることないけどさ」
俺はゴロンとゆかりの隣に仰向けになった。
結婚なんてしないで
寄せ書きに書かれたメッセージをふと思い出した。
教師という仕事を全うする上で、一生独身の方がいいんじゃないかと考えたときもあった。
なぜなら、もし結婚して子供ができたら、俺にとって、生徒達のプライオリティーが下がるからだ。
誰よりも生徒が一番大事だと思える。それがプロの教師にとって、そして生徒にとっても理想的だ。その思いは、今も変わらない。
だけど、それが唯一の正解だとは、今は思っていない。
生徒は大事だ。だけど、ゆかりのことはもっと大事だ。
自分にとって一番大事な人を守る。ひとりの人間として、その生き方は間違っていない。
誰かとちゃんと愛し合って、支えあって、生きていく。生徒にも、そんなふうに生きて欲しいと思うから。
いつか彼女たちも、自分を一番大事にしてくれる人と巡り会って、俺のことなんか忘れちゃうくらいじゃないと。それが彼女たちの幸せに違いない。
「…健ちゃん?何考えてるの?」
「いや…結婚なんてしないでって寄せ書きに書いた子たちもさ、今頃結婚して幸せにやってんのかなぁって。俺たちみたいに」
「ふふ。私、同級生の中で一番いい旦那さんもらったと思ってる」
「ウソだよ。みんなもっと若いイケメンと結婚してんじゃないの。エリートサラリーマンとか若き起業家とか捕まえちゃってたりしてさ」
「ふふ。知らないけど、私は健ちゃん以外興味無いもん」
「そうですか」
「上野先生も、条先生以外は目に入んないみたい」
「え?」
「こないだ会ったとき、来年も条先生とダンス大会に出るんだって話してて…ふふ…条先生とダンスやってさらに沼にハマったみたいだったよ?上野先生」
「まあ、そうなるよな。でも、結婚はまだお預けか」
「ふふ。ここだけの話…条先生に言っちゃダメだよ?」
「なに?」
ゆかりは、俺の耳に唇を寄せて、声を潜めた。