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「そういえば、名前聞いてない」
「え?なに?」
「名前。俺は…」
「ストップ!」
彼女はサングラスを取り出して、かけた。
「昨夜のことは忘れましょう」
「は?」
「私、酔っ払ってて、ほとんど何も覚えてないの」
なんだ。そっちもか。
「じゃ、忘れる必要なくない?」
「そうね。悪いけど、基地にはひとりで行って」
「ああ。そのつもり」
チン!
エレベーターのドアが開いた。
ふたりで乗り込む。
急に気まずくなった。
エレベーターが一階に着いた。彼女は地下の駐車場までだ。
「じゃ、さよなら」
「さよなら」
俺は彼女を残して、ひとりエレベーターを降りた。サングラスをかけた彼女の横顔がドアの向こうに消えた。
なんとも、あっけない。
だが、それもそうか。
あんなに愛しあったリンとの別れですら、あっけないんだから。
通りに出て、タクシーを拾った。
「基地まで」
すると、太ったドライバーのオヤジが振り向いて、俺を見た。
「あんた、戦闘機乗りかい?」
「……」
「当たりだろう?せがれがそうなんだ。パイロットは目が違う」
オヤジは自分の目を指差し、ニヤリと笑った。前を向き、アクセルを踏む。
俺はジャンパーのポケットに手を入れた。
「タバコ吸っていい?」
「ダメだ」
「どこにも禁煙って書いてない」
「書いてなけりゃ禁煙。タバコ吸っていいのは、喫煙所って書いてあるとこだけだ。あんたベラルートに来て間もないのかい?」
「…まあ…」
離れ離れになって3ヶ月。寂しがり屋で情に厚いリン。いずれユタのアプローチに負けるだろうと予想はしていたけど…。
「ちょっと早くねーか?」
3ヶ月って。
「10キロオーバーで捕まりゃしないよ」
ドライバーのオヤジはニヤリと笑った。
車のスピードの話じゃなくて…。
基地について、タクシーを降りた。
「うちのせがれもなぁ、あんたと同じで小柄なんだ。せがれに会ったらよろしく」
名前を聞いたけど、数歩歩いたら、忘れた。
あのオヤジ、パイロットは目が違うなんて言ってたけど…結局ちっこいからそうだと思っただけだろ?
みんな、いいかげんだ。
酔っ払って見知らぬ男と寝ちまう女も、
フラれて見知らぬ女とヤッちまう男も、
寂しくて、優しい男に抱かれる女も…
みんな…。
「ああ…あったまいてぇ…」
初出勤だってのに、二日酔いの男が、一番いいかげんか。
やべーな。マジで。俺の第一印象。
空軍特殊部隊のチームチーフに抜擢されたってのにさ。