「岬…一緒に死のうか…?」
どこか頼りない諦めたような口調…。
岬は、今目にしているのは、本来の三宅なのではないかと思った。
岬の呼びかけに応じて入れ替わったのだろうか。
「…健…ちゃん…?」
「どうせ…逃げられないし…捕まるのは怖いし…。岬を殺して、俺も…」
三宅は岬の首にナイフの刃をあてがった。岬はゾッとした。
「ダメよ…健ちゃん…」
岬は震えながらナイフを持つ三宅の手首を掴んだ。
しかし、どかそうとしても三宅の手はビクともしなかった。
『気をつけて』と言う岡田の声が蘇った。そういえば、さっき三宅が床に投げつけた岬の携帯は…どこへ行っただろう?
「岬…ひとりは怖いよ…」
頼りない声の割に、力は強い。何か変だ…。やはり本来の三宅とはどこか違うような…。
三宅はナイフを固定したまま、岬の唇を吸った。
ああ…。やはり三宅ではないのかもしれない…。いや…いったいどっちなのだ?
岬は恐怖と混乱の波にのまれ、なす術もなく、首筋にナイフをつきつけられ、三宅の執拗なディープキスを受ける。
角度を変えるたび、首筋に当てられたナイフの刃がヒヤリと岬を凍らせる。
鼓動が早鐘を打つ。
何も考えられない。
ところが、しばらくすると、ふいに唇が離され、と同時にナイフの感触が首筋から消えた。
今だ!と岬は反射的にガバッと勢いよく体を起こした。
そして岬は、「キャッ!」と悲鳴を上げた。
今度は自分が三宅の首筋にナイフをあてがっていたからだ。
慌ててナイフを離そうとした手を、三宅の左手がガシッと掴んだ。ナイフを持つ岬の手を、三宅の手が覆う。
「岬…!」
ベッドの上で、ナイフを首に当てた三宅と、岬は向かい合って座っている。
「健ちゃん…っ!」
岬は自分にナイフを握らせている三宅の手を剥がそうとした。このままでは、この手で三宅の首を切ってしまう。
「岬…離しちゃダメだ!」
「どうして…⁈」
「今…今のうちにこいつを…俺を…殺して…っ!」
「イヤよ!ムリ!できるわけない‼︎」
「そうしないと…」
三宅の目は真剣だった。
「岬が手を離した瞬間…あいつに代わったら…岬がやられる…!早く…っ!」
「健ちゃん!健ちゃんなの⁈」
「岬…っ…‼︎」
三宅が歯を食いしばった。
次の瞬間、グッとナイフが岬の方に押し返されて、三宅の首からナイフが離れた。
今度は岬の方にナイフが寄って来る。岬は目を閉じて顔を背け、力一杯ナイフを押し返す。
力が拮抗し、ナイフがふたりの間でプルプルと震えている。
ふっと軽くなったと思うとまたナイフは三宅の首に触れた。今度はジリジリと刃が三宅の首に食い込んでいく。
岬は慌てて手前へ引っ張った。
「岬!引っ張っちゃダメだ!」
「ダメ!だって…健ちゃんが…っ…」
「岬…!頼むから…っ…押してくれ!」
岬はイヤイヤと泣きながら首を振った。
「ごめん…岬…」
「健ちゃん…」
顔を上げると、三宅が悲痛な面持ちで岬を見つめていた。
「こんなふうにしか…岬を守れなくて…」
三宅の首筋にも腕にも青い血管が浮いている。それだけ力を入れているのだ。
岬を切りつけまいと必死になって、三宅は岬を守ろうとしている。皮肉なことに、他でもない自分自身の手から岬を、守ろうと…。
岬が力一杯引いても、ナイフは三宅の首筋に食い込んでいく。うっすらと赤く血が滲み出す。
「イヤ…!健ちゃん…っ…」
岬は濃くなっていく赤い血を見て首を横に振った。満身の力を込めて両手で手前に引く。
少しだけナイフがこちらに動いた。とたんに、刃で隠れていた傷口が露わになって岬はハッとした。一筋の切り傷から血がつーっと流れ落ちた。
三宅は、目に涙を溜めて声の限りに叫んだ。
「岬っ‼︎押せーーっ‼︎」
そして、グイッと三宅がナイフを思い切り手前に引いた拍子に、岬の手からナイフが離れた。岬は勢いで、体ごと三宅の方に倒れ込んだ。
「キャ…ッ!」
ハッとしてシーツに手をついて三宅を見上げる。
目の前に三宅の傷口があった。
しかし、ナイフはない。
ナイフは…?
恐る恐る視線を上げると、ナイフは三宅の右手に握られ、高々と振り上げられていた。
刃先がこちらを向いてギラリと光っている。
鬼気迫る三宅の顔。
岬は息を呑んだ。
助けて‼︎…岡田さん!