それにしても、遅い。岡田は嫌な予感がして、店内に入った。
「すみません、さっき女性がトイレに行ったと思うんですけど、出てきました?」
「さぁ…」
店員は胡散臭そうに岡田をじろじろ見た。
「ちょっと、中見てもいいですか?」
「いやあ…それはちょっと」
「じゃ、見て来て下さい」
「もういないと思いますけどねぇ…」
店員の後についてトイレに行った。店員の言う通り、やはり誰もいなかった。
まずい!どこ行った?
慌ててキョロキョロしてると、店員が
「もう帰られたんじゃないですか?」
と冷たく言い放った。
岡田はゆっくり店員を振り向く。
店員は岡田の眼力に固まってしまう。
「俺は店の出入り口にいたんだ。ずっと。彼女が店の外にいるわけがない」
「そ、そんなこと…僕は知りませんよ」
「…裏口は…どこだ?」
店員は怯えて裏口の方を指差した。
「だ、だって…お客さんが…ストーカーにつけられてるから裏口から逃して欲しいって…」
信じられないことだが、岬が俺を巻いて逃げた。
ちくしょう!
岡田はダン!と片足で床を蹴飛ばした。店員の視線に気づいて、ふうとひとつ息を吐くと、
「ご協力ありがとう」
と言って踵を返し、裏口に向かって走り出した。
岬は、繁華街の裏手にいた。傘をさし、ラブホテルが立ち並ぶ通りをキョロキョロしながら歩く。
「え…っと…グランシャトー…あ!すみません」
スーツ姿の男とぶつかった。
「おっと!…すみません。大丈夫ですか?」
顔を覗き込まれそうになって慌てて傘で顔を隠した。
「だ、大丈夫です」
「お気をつけて」
すれ違ってから、男の方を振り向いた。ビニール傘に黒いスーツ。イントネーションが関西のものではなかった。
岬は、岡田を思い出し、胸を痛めた。
ごめんなさい…岡田さん。
岬は、三宅とふたりきりで話がしたかったのだ。もしも三宅が犯人なら、ちゃんと説得して自首を促すつもりだった。しかし、もし三宅が犯人でないなら、なんとかして三宅を助けなければならない。
「あった…」
岬はラブホテルの看板を見上げ、中に入った。
さっき岬とすれ違った男は、ふらふらと歩いて、独竜会の関西支部のビルまでやって来た。
ビルに横付けした警察のバンから数人の捜査員がバラバラと降りてくる。捜査員は男を見つけると声をかけた。
「長野さん!もうこっち来てたんすか?出るときいなかったから探しましたよ」
「あ、そう。ガサ入れの前にちょっと腹ごしらえしとこうと思ってね」
「わ!抜け駆け!自分も誘って欲しかったっすよ。もう、腹ぺこで」
「じゃ、終わったら食いに行こう」
「ほんとっすか?」
「まずは、仕事。東京じゃ時効の物ばっかだったからな。10年よりこっちのブツを押収するぞ。行こう」
長野は白い手袋をはめて、ビルのインタホンを鳴らした。