朝、署に出勤すると、
「あ!岡田っ」
いきなり井ノ原が駆け寄って来た。
「なんすか?」
「この人知ってる?」
書類に書いてある名前を見て、岡田は心臓が飛び出るかと思った。
言葉を失い、冷や汗をかいた。
書類には、
宇野岬(31) 保育士
とあった。その下に保育園の住所が書いてある。
岬とのことが…バレた?妻か病院から何か言って来たのだろうか。いったい井ノ原はどこまで知っているのか。
すっとぼけるかどうするか…。
「知らない?」
「あ…えっと…」
「これ、駿坊が通ってる保育園だろ?」
「あ、はい。そうです…」
「この先生知ってる?」
「あ…あの…駿作の担任…」
「マジかっ⁇」
井ノ原は驚くと、世間は狭いなと呟いた。
「この先生、三宅の元カノ」
岡田は耳を疑った。
「は⁇…何言って…」
井ノ原は書類をピンと指で弾くと、テーブルの周りを歩いて話しだした。
「三宅は人付き合い悪くて全然親しい人間出て来なかっただろ?やっと、施設出てからの奴の人間関係わかったのよ。で、ほとんど唯一って言っていい、浮かんできたのがこの人!三宅先生!」
書類を丸めて、岡田の胸を突く。
「いや、岬でしょ?」
「あ、間違えた。岬先生!ややこしいな。ふたりが結婚したら、三宅岬」
岡田はため息をついた。
「だから何です?」
「お前、とりあえず話聞いて来い!」
「って言われても…」
まさか本当に岬が三宅の元カノなのか…全く信じられない。
「担任だろ?」
「担任だった、人ですよ。保育園辞めましたから」
「え?で、どこにいるの?今」
「知りませんけど…確か実家帰るって」
「どこだよ?実家」
「四国…愛媛?…だったと思います」
「詳しいなお前」
ドキッとした。
「…担任でしたから」
「じゃ、さっそく愛媛県警に連絡取ろう!って言うか、行こうぜ准ちゃん」
「は?愛媛に?」
「なんか匂うんだよ。三宅は彼女を頼って愛媛まで行ってんじゃねーかな」
「いや…そもそも、ふたりが付き合ってたのはいつなんですか?」
「4年前は確実。三宅の勤め先のバーにちょくちょく来てたらしい」
「今さら彼女の所に行きますかね」
岬と容疑者である三宅とが繋がっている…。そんな偶然、あるだろうか?何かの間違いじゃないのか?
追う男と、追われる男。事件の渦中で、岬が同時にそのどちらとも関わるなんてことが…果たしてあるのか?
「密かにまだ続いてたかもしれないし」
「それはないでしょ」
「よりが戻ったってことも…」
「それもないと、僕は思いますけどね」
岬と愛し合った日々が自然と思い出された。
「准ちゃん…」
「はい?」
「いやに自信たっぷりに否定するね?」
「え⁇」
「岬先生って…可愛くなかったの?」
「は?どういう意味ですか?」
「いや、だってお前が岬先生に男がいるとかあり得ない!みたいな言い方するからさ」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「男がいる感じはしなかったの?」
「…あ…はぁ…まぁ、そうです…ね」
俺以外の男がいたとは思えない。
俺と別れた後なら、よりが戻ったってことも…考えられるけど…。
そこで、岡田はハッと気づいた。
「あ!」
引っ越しの時だ。あの時、岬の部屋に誰か男がいた。
どこかで聞いたことがあるような声だと一瞬思った。
あれは…
ひょっとすると、
あれが三宅だった…?
今となっては、その声も思い出せないが…。しかし、あれが三宅でよりが戻っていたとして…
じゃあ、あの時に階段で交わしたキスは何だった?
キスの後で見せた岬の熱い眼差し…。
まだ、お互いに未練がある。それを確信するような別れのキスだった。
きっと何かの間違いだ。
それを確かめるためにも…
「主任、行きましょう」
岡田はきっと井ノ原を見上げた。
「愛媛へ」