坂本のバーは開店して2年になる。これまで坂本ひとりでやっていたのだが、客が増えて来たので、三宅を雇った。
「あら。人、入れたの?」
常連の客はみな三宅に注目した。
「はい」
坂本は微笑んで、三宅を見た。
「どうも。三宅と言います」
「可愛い顔ねぇ」
「はい。よく言われます」
三宅は頭の後ろに手をやって、微笑んだ。アハハッと坂本が笑って三宅の肩を軽く叩いた。
「冗談。こいつの冗談なんですよ」
三宅は上目遣いで坂本を見る。
「いや、冗談じゃないでしょう?ほんとに可愛いもん。彼」
「でも、もういい歳なんですよ?」
と坂本が言うと、
「マスターよりは若いですけど」
と三宅が笑った。
「そりゃそうだろ。見りゃわかるよ!」
「あら。マスターも若いわよねぇ」
「はい。よく言われます」
坂本が三宅の真似をして、客を笑わせた。
客の相手をしている時は、気の利いた冗談も言うが、店を閉めると、坂本は無口になった。
歳相応の疲れた顔をして、三宅の作ったオンザロックを飲みながら、カウンターに肘をつき、タバコの煙をくゆらせている。
そんな営業用じゃない坂本の姿の方が、三宅は好きだった。坂本目当てに店に来る女性客がこれを見たら即行落ちるだろうな、と三宅は思った。
「そういえば、マスターはどうして東京からこっちに来たんですか?」
坂本は指にタバコを挟んだまま、顔を三宅の方に向けた。
「さぁ…なんでだったかなぁ…」
眉間に皺を寄せてタバコを吸うと、はぁ…と煙を吐き出した。
「忘れたよ」
キュッとタバコを灰皿に揉み消して、グラスをあおった。カラン…と氷が透明な音を立てた。
「ほんとに…」
坂本はグラスの中の氷を見つめた。
「きれいに丸い氷を作るな。健は」
三宅は少し酔った坂本の横顔を見て照れたように微笑んだ。
「ありがとうございます」
それから、愛用のアイスピックを拭いて、引き出しにしまった。