春秋覇王 81 ヤケ酒 | 上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

V6の三宅健と森田剛と岡田准一をイメージしたイケメン教師が、今どきの女子高校生たちと繰り広げる学園ドラマ。ドラマの進行の合間に出てくるけんちゃん先生の古典講義は勉強にもなる?

その晩、健白からのお召しがなかったので、黄准の方から、健白の部屋を訪れた。


健白は月明かりが射し込む窓の下で、机に向かって書き物をしていた。


「…健白様。お邪魔…でしょうか?」


健白はハッとして筆を置いた。


「お手紙…ですか?出直しましょう」



「あ。いや…。いいんだ」


健白はクシャッと書きかけの手紙を握りつぶした。


「…桃花殿へ?」


「ああ。…返事を書きあぐねていた」



「その…桃花殿の手紙には何と書いてあったのですか?」



「それが、俺が覇王になったことを喜んで、祝いの言葉をたくさん書いてくれてたんだけど…」


そこまで言うと、ふいに健白は窓の外の月を眺めて黙り込んだ。



「いや、もうその話はいいんだ」


急にそう言うと、ひとりでハハ…とわけもなく笑った。



黄准は健白のそばに寄って同じように月を見上げた。



「明るいですね…ほぼ満月だ。饅頭みたいな…」


「は?饅頭?…情緒もへったくれもないな!お前ってやつは」



「酒でも飲みますか?健白様」






まもなく、黄准は侍女を呼んで酒の用意をさせた。


「祝杯だな」


盃を交わして、健白がそう言うと、


「いいえ」


と黄准は首を振った。


「なんで?緋剛と桃花殿の…」


「いえいえ、祝いの酒ではありません」


「じゃあ、なんだ?」


「こういうのを…さぁ、もう一杯」


黄准は健白の盃を酒で満たし、自分の盃にも注いで、ニヤリと笑った。


「ヤケ酒と言うのです」


黄准がクッと盃をあおると、健白も同じように盃を空にした。


タン…と同時に盃を置いて、ふたりは顔を見合わせた。


「クフッ…」


「プハッ…」


どちらからともなく笑い出し、黄准が、


「さあさあ、今夜はお飲みなさい。酔っ払ってもこの黄准が介抱してさしあげますから」


と言った。


差しつ差されつ、陽気に飲んで、やがて酔っ払った健白は、卓上に突っ伏した。


そして、赤い顔をして、呂律の回らない口調で喋りはじめた。


「覇王になった祝いの言葉がたっっくさん書いてあったんだぞぉ…」


「はいはい。さっきも聞きましたよ。よかったですね」


「なのに…なのに…手紙の最後にはさぁ…」


健白は腕に顎をのせて上目遣いで黄准を見た。



「『健白様さえよければ、緋剛様の言葉に従うつもりです』って書いてあったんだ…」



「…そうですか」



「俺は、桃花殿を自分の物だと思ったことはない。一度だって、ない!」


健白はブンブンと首を横に振った。


「それなのに…不思議だ…」


健白は、ぼうっと月を見上げた。





「俺の物を…失ったような気がする」





健白は、ぽっかりと心に穴があいたようななんとも言えない寂しさを感じていた。



いつも桃花の想いを感じて生きていた。桃花が覇王になるのを応援してくれていたから、ここまで頑張って来れた。



桃花の想いに値する男でありたいと、背筋を伸ばして生きてきた。



自分は何も与えてやれぬが、せめて、桃花に、私が惚れた男は素晴らしい男だと胸を張って言ってもらえるような、そんな男であろうとした。



この同じ月を桃花殿も眺めている。そしてきっと、月を眺めて、同じように俺のことを思い出してくれている。

そう思うことが励みになったこともあった。




「黄准…」




「はい」




「一緒になってやれぬのに、他の男の物になるのは嫌だと思うのは…おかしいよな?」



「いいえ。ちっともおかしくありません。自分のものにできないとわかっていても、他の誰かのものにはなって欲しくない。惚れていたら、そう思うのは当然のことです」



「でも、俺は…本当に、心から桃花殿の幸せを願ってるんだ」



「そうでしょう。惚れていたら、そう思うのもまた当然のことです」



月明かりの下、濡れた瞳の健白は、今にも月の光に溶けて消えてしまいそうであった。