桐壺 十 慟哭 | 上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

V6の三宅健と森田剛と岡田准一をイメージしたイケメン教師が、今どきの女子高校生たちと繰り広げる学園ドラマ。ドラマの進行の合間に出てくるけんちゃん先生の古典講義は勉強にもなる?

桐壺の更衣を抱き上げて立ち上がる帝を、女房たちは見上げた。


桐の花の紋様をあしらった帝の青い夏のお召し物。腕の中にはぐったりとした白い着物の儚げな人。床まで届く豊かな黒髪。




「今、輦(てぐるま)を用意しますゆえ!」


女房たちは慌てて帝にすがりついた。


「離せっ!下がれっ!無礼者!」



「どうかっ…!上様!」

「どうか、更衣様をお離しくださいませ!」

「上様っ!」

「今、輦が参りますゆえ!」


帝は、足元に跪いてすがりつく女房たちを蹴散らすようにして、


「いらぬ!」


と一喝した。




帝の気迫に周りの者は、畏れおののいて後ずさった。額を床にこすりつけて拝む者。蒼ざめて震える者…。


帝は、混乱する人々を見下ろして、ひとつ息をついた。




この者たちの慌て様…。


このまま、我が清涼殿にお連れしたいのはやまやまだが…


帝は、腕の中で、眉をひそめ浅い呼吸を繰り返している愛しい人をじっと見つめた。


万一、禁忌を破るような事態になれば、非難され、貶められるのは…いったい、誰だ?


私のせいだとわかっていても、誰も帝たる私を貶めることはできない。


死んで尚、この方に誹りを受けさせるわけにはいかぬ。


ならば、せめて…


「私が…牛車まで連れて行こう」



牛車にお乗せするまでこの腕に抱いて行こう。


ところが、またしても女房たちは全力で押しとどめた。


更衣の身分の者を見送るなど、帝にはあるまじき行為であったからだ。


騒ぎを聞きつけて、男たちも止めに入った。



帝は、諦めざるを得なかった。



最愛の人を見送ることもできない。

その人が更衣であるがゆえに。
そして、帝が帝であるがゆえに。



それほどまでに、身分の違いというのは、残酷であった。






更衣を乗せた牛車が音を立てて去ってゆく。


帝は更衣の実家にやった使者の便りを待つしかなかった。


庭の草木を渡る微かな風。

夏虫の声。

涙の乾いたあとに汗を滲ませ、帝はまんじりともせず夜を過ごす。



やがて、使者が戻ってきた。




「…真夜中過ぎに、お亡くなりになりました」




使者が言うには、屋敷の外まで人々のむせび泣く声が聞こえていたそうだ。



「まことか…」



帝は使者の短い報告を受けて、呆然とした。


それから我が手を前に出して見つめ、ギュッと胸の前で拳を作った。



その拳がプルプルと震えた。


固く閉じた目から涙が頬を伝って、流れ落ちた。


パタパタと夏の薄いお召し物に涙が零れ落ち、そこだけ色濃く藍に染まった。


帝は、歯を食いしばった。


言葉にならぬ嗚咽が、その口から漏れた。



両の拳が白くなるほど強く握り締め、その拳を我が胸に押し当て、


帝は、全身を震わせ、激しく慟哭した。