桐壺 九 別れる道 | 上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

V6の三宅健と森田剛と岡田准一をイメージしたイケメン教師が、今どきの女子高校生たちと繰り広げる学園ドラマ。ドラマの進行の合間に出てくるけんちゃん先生の古典講義は勉強にもなる?

帝は更衣の枕元にひざまずいた。


「しっかりしろ。お互いに、先立ちはすまい、遅れはすまいと誓い合ったではないか。よもや、私を置いていくつもりではあるまいな?」



「…上…」


更衣は息も絶え絶えに、帝を見上げた。



「限りとて別れる道の悲しさよ 逝きたいのではなく生きたいものを


こうなることが…わかっていましたなら…」


まだ何か言いたげであったが、それ以上もう、言葉を発する力さえ残っていない様子であった。


こうなることがわかっていたら、どうだと言うのだ?

出会わなければ良かったとでも言うのか?

それとも、愛さなければよかったとでも?



「早く良くなって、戻って参れ。そなたが元気になったら、管弦の宴を催そう。そなたの琴が聞きたい。このように…」


帝は衰弱した更衣の体に手を触れて、


「臥せってばかりいては…」


と、涙に言葉を詰まらせた。



この人をこんなに弱らせたのは、私だ。



「こうなることがわかっていたなら…どうだと言うのだ…っ⁈」



私に愛されなければよかったと言うのか?


狂おしいほどにあなたを求めた私の愛は…あなたを苦しめるだけだったと…?



言葉を発することのできぬ更衣の目は、涙に濡れてまっすぐに帝の顔を見つめていた。



その目は、かつて愛を確かめ合った後、帝に言葉を求められ、頬を染めて、

「…お慕い申し上げております」

と静かに、しかしはっきりと伝えてくれたその目と同じであった。


己の辛さの一切を包み隠し、

「私には上様がいらっしゃいますもの」

と頼りにしてくれていたものを…。


帝は、最愛の人を女御の位に上せ、中宮に立てることができなかった己の不甲斐なさを思った。



「…そなたを…そなたを…っ…お守り…したかった…!」



帝はガバッと更衣の体に覆い被さった。


更衣にとりつき、肩を震わせて泣く帝の様子に、お側に控えていた女房たちは、流れる涙を袖で拭った。


「上様…畏れながら…お迎えの車が門外にて待っております」



当時、死は、最も忌むべき穢れであった。

万一、更衣が宮中で亡くなるようなことがあってはならない。禁忌を破ることになる。


「どうか…」


実家から迎えに来た女房たちは気が気でなかった。


しかし、帝は更衣のおそばを離れようとしない。


「まだ…今少し…」


もしもこのまま儚くなるのなら…いっそ私の腕の中で逝かせてやりたい。

最後の最後を迎えるそのときまで、ずっとそばに…。



「上様…っ!どうか…!今日中に加持祈祷を始めねばならぬとて、実家にて僧たちが今か今かと待っておりますゆえ…っ」


帝は振り向いて、女房を見た。


涙に濡れた帝のお顔は、こちらが恥ずかしくなるほど美しく、女房は目を外らせて平伏した。


「…きっと…戻ってくるか?」


「今日中に加持祈祷を始めることができますれば…きっと…良くなりましょう」


「きっとか?」


「…はい」


帝にそう問われて、否とは言えまい。


「では、門外の牛車まで、輦(てぐるま)に乗せて参れ」


更衣という身分であれば、門外までは普通は歩いていかねばならない。

歩けぬほど衰弱しているとはいえ、異例のことに、周囲の者は一瞬戸惑った。


その一瞬に、帝は何を思ったか、更衣を抱き上げて、立ち上がった。


「上様…っ?」



頼りなげな更衣の体の、あまりの軽さに、帝は息を飲んだ。


これほどまでに…っ…。


帝は、更衣の体をギュッと抱きしめ、涙を流した。



穢れがなんだ…!

禁忌を破ることなど怖くはない。

俺が本当に怖いのは…



この人が、ひとりで逝ってしまうことだ。




「このまま…清涼殿に、我が殿舎にお連れする…っ!」



「な、なりませぬ!」


にわかに、辺りは騒然とした。