いづれの御代であったか
数多の女御、更衣が居並ぶ後宮において、
未だかつて、これほど無茶な愛され方をした女性がいたであろうか。
何人たりとも、決して越えられぬ、また、越えてはならぬものが、人々の「位階」であったその時代。
たいした身分でもない一人の女性を
帝は、後宮中の誰よりも厚くもてなし、愛の限りを尽くされた。
その人の名を桐壺の更衣といった。
『身の程知らず』
帝の愛を独占した桐壺の更衣は、後宮中の嫉妬を一身に受けた。
そしてまた、娘を手がかりにして権力を握ろうとした、すべての男たちに疎まれる存在となった。
それでもなお、あからさまに桐壺の更衣だけをお求めになった帝の心中は…
ただ、恋に落ちた青年のそれであったか、
それとも、
主上と仰がれながら、その実、実権を妻の父親に明け渡さねばならぬ「帝」という己の身分に対する、抵抗であったか。
桐壺帝、18歳。
いまだどの女御も中宮(皇后)としてお立てになっていなかった。
時の右大臣の姫君、弘徽殿の女御との間に第一皇子を為していながら。
帝の愛は、周囲の非難の的になるほど、一途に桐壺の更衣に向けられていた。
父親のいない、中宮に立てることなどできない、身分の低い、桐壺の更衣に。