ふたりのパン屋 39 ひとりじゃない | 上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

上目遣いのけんちゃん先生 V6カミセン 小説

V6の三宅健と森田剛と岡田准一をイメージしたイケメン教師が、今どきの女子高校生たちと繰り広げる学園ドラマ。ドラマの進行の合間に出てくるけんちゃん先生の古典講義は勉強にもなる?


「朝顔…?」


誰かと思ったら、リュックを背負った朝顔が大慌てで飛び込んで来た。


「どしたの?」


朝顔がキョロキョロして、カウンターの上のバンダナとエプロンを見つけると、


「あった!」


ってそれに飛びついた。


両手で掴んで大事そうに胸に抱いて目を閉じる。


「なんだ。わざわざ取りに来なくても洗濯しといてやったのに」


「どっかに落としちゃったのかと思った。よかった〜。あって」


「いつ無いことに気づいたの」


「うち帰って洗濯しようと思って見たらチャックが開いてて…ないっ!ってなって…」


「そりゃ恥ずかしいな。今も全開だぜ」


「え?」

って慌ててリュックを前に回して確認する。


「し、閉まってるよちゃんと」


「リュックじゃなくて、前、前!」


「前⁇」


朝顔が慌てて股間を見る。


「うわっ!ほんとだ!」

リュックを両手で抱えたままズボンのチャックを閉めようとしてモタモタする不器用な朝顔を笑う。


「はいはいはい」


ってカウンターを回って朝顔の方へ行った。


朝顔のリュックを持ってカウンターの上に置いてやると、両手の空いた朝顔がチャックを閉めた。


「ありがとう」


朝顔の優しい声が、さっき出て行った麦さんの言葉と重なる。


俺は俯いて足元を見る。


ちょっと…顔を上げられないな。


「夕顔…麦さんは…?ひとりで帰ったの?」


「…うん」


麦さんの匂いとは違う、朝顔の匂い。懐かしいようなちょっと甘い香りがするんだ。朝顔は。


「…朝顔…」


朝顔の肩にコテンと額をぶつけて、目を閉じる。


麦さんと彼が幸せになることを俺は信じてる。今は、そのための、いっときの苦しさに過ぎない。


だから、大丈夫。



「大丈夫だ」


朝顔の力強い声が耳元で聞こえた。



「夕顔…」



朝顔が俺を抱き締める。



「お前は、俺の自慢の弟だ」



空気を読むのが苦手な朝顔が、それでも今は何があったか察することができたのだろうか。


それとも、朝顔にもわかるくらいに俺は情けない顔をしてるのかな。


何も言えずに、ただ朝顔の背中に手を回した。


朝顔の温もりを感じて、ひとりじゃないって思えた。


俺はひとりじゃない。

麦さんの愛と優しさは、ひとりぼっちの彼に向けられてこそ…。


だから、これでよかったんだ。


よかったんだ。