「おゆう!おとっつぁん!」
小部屋の戸を開けると、そこには寝たきりの父親と、看病するおゆうがいた。
「姉さん!剛春さん!」
剛春は素早く父親のところに行って抱き起こした。
「さぁ、おとっつぁん、しっかりつかまってくんな!」
桜と剛春が両側から父親に肩を貸した。
開け放した襖の前を、屋敷の者や、勇ましい捕り方たちがドタバタと何か喚きながら走りすぎる。
ふと、部屋の前で立ち止まる人影がおゆうの目の端に映った。
スッとした立ち姿。凛々しい眼差し。
「健吉さん…っ」
あちこち駆け回る人々。わあわあという喧騒。その中で、ひとり静かにじっとこちらを見つめて立っている。
さようならと直接言えずにお屋敷に来てしまったあの日…。今度健吉に会えるのはいつだろう…。いや、会うことが叶うのだろうか。
そう思って、お屋敷でひっそりと涙にくれた夜…。
そして…
『桜には働きがあるが…おゆう、その足で、お前には何ができる?』
と全身を舐め回すように見られて、恐ろしかったあの晩…。桜が止めに入ってくれなければどうなっていたか。
懐かしさのあまり、目に涙を溜めて健吉を見ていると、健吉が早く逃げろと目配せして無言のまま深く頷いた。
「親分!あっちです!」
子分たちが健吉を取り巻く。
「よしっ!ぬかるんじゃねえぞッ」
健吉は、子分を従えて風のようにその場を走り去った。
剛春がキョロキョロと左右を見て、
「行こう!」
とおゆうを促した。