老中にのしかかられているお聡の頬にサッと風が吹いたと思ったら、黒い影がお聡の目の端に映った。
タン…ッ!
お聡は影の正体を見て、息を飲んだ。
全身黒ずくめで忍者のようないでだちをした鼠小僧が、座敷の天井から飛び降りて来たのだった。
顔を覆った黒い布から、鋭く綺麗な目だけがのぞいている。
鼠小僧はお聡と一瞬目が合って、すぐに視線を老中に移した。
「ね、鼠小僧っ⁉︎」
老中は驚いて、お聡の上から飛び退いた。
まさか、本当に鼠小僧が現れるとは…!
お聡はしかし、鼠小僧が現れたこと以上に、そのキラキラとした鋭い瞳に見覚えがある、そのことに驚いていた。
まさか…。
たった今、自分の脳裏に浮かんでいた惚れた男の息を呑むような美しい瞳…
それに、そっくりだった。
そんなバカな!
准さんが鼠小僧だなんて…!
鼠小僧は立膝をついて座ったまま、キッと老中を見据えていた。
右手は腰の刀を掴んでいる。
お聡は、その刀にも見覚えがあった。
准は刀の手入れに余念がなかった。今思えば、刀を磨きながら邪念と戦っていたのかもしれない。女という未練を作らないように…。
カチッ…!
鼠小僧が刀の鍔に親指をかけると、鞘からキラリと刃がのぞいた。